佇まい

大堀 具視
大堀 具視作業療法士 / 株式会社Start movement代表

 

健二さん(仮名)は脳卒中による左半身麻痺でリハビリ中の男性(60代)でした。理学療法士に体を支えてもらいながらの歩行訓練が始まっていましたが、立ち上がると、かなりふらふらしてしまい、一人で立っている(立位)には転倒の危険性が高く、本人も自信をなくしている状況でした。
一人で立っていられないことには、歩行はもちろん、トイレで用を足すにも他者の手を借りなければならないわけで、健二さんの気持ちは痛いほどわかります。

 

健二さんは、もともと料理人でリハビリがうまく進めば、仕事に戻りたいという目標がありました。しかし、この時点では“まだまだ台所に立って包丁を握るような訓練はほど遠いように思われて”いました。
台所に立って料理をするための身体的能力にはたくさんのものがありますから、その一つ一つを健二さんの身体機能と照らし合わせれば、料理をするなんてほど遠いという結論はすぐに導き出されてしまいます。でも、それは想像の中の結論であることを忘れてはいけないと思います。

 

健二さんのその後の生活を変えたのは、「簡単な料理(野菜を包丁で切る)くらいやってみたら?」というある職員の何気ない一言でした。リハビリで立つ練習をするのだから、リハビリ室が台所に変わっただけと考えれば誰にも負担はありません。
不思議なことに
(不思議ではないのですが)台所を前に健二さんが立ち上がると、あのふらふら感は影をひそめ、しっかりと立っているではありませんか。そして右手で包丁を握って野菜に向けて構えると、それは紛れもなく料理人の佇まいです。プロの佇まいは素人目にもその違いがわかるほどでした。

 

健二さんのようなエピソードは、実は珍しいことではありません。私たちが身につけた動作は、筋力や感覚、バランスなど身体機能によって制御されていると思われがちですが、その身体機能は、常に、台所といったその動作を行う環境や、包丁などの道具と関係を取りながら発揮されるものなのです。
ただ料理人が立っているだけでは料理人には見えません、そこに台所と包丁が加わることで料理人に見えてきます。そこに、いざ何かが始まる雰囲気が作られるからです。つまり、環境や道具によって料理という動作を行うための身体機能
(健二さんの場合は立って作業をするための機能)が無意識に準備されるのでしょう。

 

身体機能を測る、その結果次第で測る側にも、測られる側にもいろいろと勝手な想像がつきまといます。しかし、想像は想像でしかないのですから、まずはやってみようの精神を大切にすることです。

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筆者プロフィール

その他
作業療法士 / 株式会社Start movement代表
その他
北海道出身。株式会社Start movement代表、作業療法士。著書に「お互いが歩み寄る介護実践45のヒント」「利用者の"動き出し"を引き出すコミュニケーション」などがある。
WRITTEN BY
大堀 具視
大堀 具視
作業療法士 / 株式会社Start movement代表
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