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トップページ>専門家から学ぶ>ドクターズコラム>認知機能の低下にブレーキをかける「認知予備能」とは?

認知機能の低下にブレーキをかける「認知予備能」とは?

横浜総合病院・横浜市認知症疾患医療センター

長田 乾 先生

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アルツハイマー病になっても、認知症を発症しないケースがある

アルツハイマー病が原因の認知症を、「アルツハイマー型認知症」と呼びます。(*1)で、脳にアルツハイマー病の特徴ともいえる「老人斑」や「神経原線維変化」などと呼ばれる病理所見が認められれば、病理学的にはアルツハイマー病と診断されます。また、PET(*2)という検査で脳内に「アミロイドβ」という特殊なたんぱく質の沈着が確認されると、アルツハイマー病と臨床的に診断されます。
しかし、認知症の原因の約7割を占めるアルツハイマー型認知症ですが、アルツハイマー病が存在すると、必ず認知症を発症するというわけではありません[図1]

図1

たとえば、わが国で行われたPETを用いた多施設共同研究では、臨床的にアルツハイマー型認知症と診断された症例の93%において、脳にアミロイドβの沈着が認められた一方、認知機能が正常の高齢者の24%においても、同様に脳へのアミロイドβの沈着が確認されました。また、生前に認知機能が正常であった高齢者の約30%においても、剖検でアルツハイマー病の病理所見が認められたことが報告されています。
このことは病理学的にアルツハイマー病と診断されても、認知機能が正常に保たれる集団が存在することを意味しています。

このように、アルツハイマー病の病理が存在しても認知症を発症しにくい状態、能力、あるいは個人の特性を、「認知予備能(cognitive reserve)」と呼びます。認知予備能は、加齢、アルツハイマー病、脳卒中、レビー小体病、脳外傷などといった認知症の危険因子から認知機能を守る、盾のような存在とみなすことができます[図2]

図2

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さまざまな要素が、認知予備能を高めて認知機能の低下を防ぐ

これまでの疫学研究などから、教育歴、職業的到達度、若いころの認知機能、運動習慣、多言語使用などが、認知予備能を高めることが明らかにされています。
これは後で詳しく解説しますが、たとえば長い教育歴や、高齢になっても就労していることなどは、経験や学習に基づいた脳内ネットワークの発達や柔軟さ、さらにはなど、いわばソフトウエア的な認知予備能に関連すると考えられています。

また、脳重量、脳の大きさ(脳容積)、頭囲(帽子の大きさ)なども、認知予備能に関連することが示唆されています。
80年近く前にわが国で行われた、剖検脳の計測結果に基づく「脳の研究」によると、夏目漱石や桂太郎など、才能や人格などが抜きんでた“傑出人”の脳重量は、一般人の平均値よりも重い傾向にあり、脳重量と認知機能との関連性について考察が加えられています。さらに近年の研究でも、脳容積が大きい、つまり頭囲が大きいほど、認知症のリスクが低くなる傾向も報告されています。

こうした形態的なパラメータは、「脳予備能(brain reserve)」とも呼ばれます。脳の容積が大きいことや脳が重いことは、脳内の神経細胞やシナプスなどの分布に解剖学的な余裕があり、それが認知機能低下に対する予備力になっている、という可能性が論じられており、ハードウエア的な予備能とみなすことができます。

加齢をはじめ、認知症を進行させる危険因子は複数存在する

認知機能低下にブレーキをかける認知予備能に対して、認知機能低下に進んで影響を及ぼす危険因子が存在します。それが“加齢”です。加齢は認知症の最大の危険因子で、認知症の有病率は、65歳以降になると加齢に伴って著明に上昇します。
また、アルツハイマー型認知症は、65歳未満では男性に多く、65歳以降では女性に多いことも明らかにされています。女性のほうが圧倒的に長生きなので、アルツハイマー型認知症は女性に多いと解釈されています。

アルツハイマー病協会と米国国立老化研究所がまとめた、アルツハイマー型認知症の診断ガイドラインがあります。そのガイドラインでは、加齢や遺伝子が原因で脳にアミロイドβが蓄積し、「シナプスの機能障害」、「グリア細胞の活性化」、「神経原線維変化の形成」、「神経細胞死」が起こり、その結果として認知機能が低下するという変性疾患の直列の病態に対して、

  • 高血圧、糖尿病、脳卒中などの血管性危険因子が、促進的に影響を及ぼす
  • 教育、就労、有酸素運動などの認知予備能は、防御的に働く

と示されています[図3]

図3

脳卒中、中年期の高血圧、糖尿病、高脂血症(脂質異常症)、うっ血性心不全、メタボリックシンドローム、喫煙などの血管性危険因子、すなわち“生活習慣病”も、認知症の危険因子に含まれるのです(※こうした血管性危険因子の関与については、昨年12月掲載のドクターズコラム「“FINGER”で認知症予防」で詳しく解説しています)。

そのほか、意識障害を伴う重症の頭部外傷も、アルツハイマー型認知症を含めた認知症の危険因子です。たとえばプロボクサーは、ノックアウトの回数が多いほど、また、リング生活が長いほど、老後に認知症を発症しやすいと考えられています。
最近ではアメリカンフットボールの選手も、引退後に認知機能低下をきたす頻度が高いことが指摘されています。ヘルメットを装着していても、頭部打撲を何度も繰り返すと慢性外傷性脳症に陥り、認知症のリスクが高まることが明らかにされています。
アメリカにおける研究では、一般住民でも中年期に意識障害を伴う頭部外傷を経験すると、老後のアルツハイマー病のリスクが男性では5.6倍、女性で3.2倍高くなることが示されています[図4]

図4

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教育歴の長さや仕事内容なども、認知機能低下への予防効果が期待できる

多くの疫学研究や観察研究の結果から、教育歴、すなわち教育を受けた年数が短いことは、アルツハイマー型認知症を含めた認知症の危険因子に含まれます。逆を言えば、前述のとおり、教育年数が長いと認知症の発症が遅くなるということです。心理学的な要素としては、教育年数が長いほど、作業記憶、や言語記憶、注意・集中力などの検査成績がよいことが示されています。
実際に、物忘れ外来の受診者を対象に調査したわが国の研究では、教育年数はミニメンタルステート検査(MMSE)(*3)の成績と相関するので、教育年数の長い人ほどMMSEの成績がよい傾向にありました[図5]。教育年数の長い集団では、教育年数が短い集団と比較して、認知機能低下のリスクが低いと考えられています。

図5

また、高度な知識や技術を必要とする職業や、複雑な作業に従事していると、認知機能低下に対する予防効果があると考えられています。さらに、職業的到達度に関する研究では、職業的な地位そのものよりも、より多くの部下を管理・統括した経験が多いほど、認知機能低下リスクが低くなるという報告もあります。
ただし、一般に教育年数の長い人は職業的到達度も高いことが多く、管理職に就く可能性も高いことから、高齢になっても働いていることが多いといえます。そのため、教育歴と職歴は必ずしも独立した要因ではありません。
また、若いころの知能指数が高い人は、老年期に認知症になりにくいという報告もありますが、若いころの認知機能は教育歴や職歴とも関連する場合が少なくないので、こうした要因は包括的に捉えることが必要かも知れません。

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認知予備能が高い人が認知症を発症すると、症状が急に進んだように見える場合も

認知症の臨床診断は、神経心理学的評価の成績に依存するところが大きいといえます。この評価は言語を介して行うので、高い教育歴を有する人は、語彙が豊富で言語記憶も優れていることが多く、評価が高得点に結びつきやすいことから、結果的に認知症と判定されにくい傾向にあります。すなわち、認知予備能が高いと、認知症の発症が遅くなると考えられています。

ところが、それは認知症を発症していても初期には診断がつかないということでもあり、そういった人はアルツハイマー病などの病理が蓄積し、認知症の病態がかなり進行してから初めて診断されることになります。そのためいったん認知症と診断されると、その後急速に症状が進行する場合が多いと報告されています。このことは、「認知予備能の高い人は、初期にはアルツハイマー病などの病態に対して持ちこたえることができるものの、より多くの病変が蓄積した後に症状を発症するために、いったん発症すると急速に悪化する」と解釈されています[図6]

図6

また、同じくらいの重症度のアルツハイマー型認知症の症例を、認知予備能の高い群と低い群に分け、脳の血流画像で捉えられる(*4)病変を比較すると、認知予備能の高い群の集団は、認知予備能の低い集団よりも、感覚を司る“頭頂葉”の低灌流が高度であったことが報告されています。認知予備能の高い集団では、頭頂葉の血流は低いものの、言語機能を司る“前頭葉”の血流は認知予備能の低い集団よりも高かったようです[図7]。このことから、前頭葉の機能が、低下した頭頂葉の機能を代償している可能性が示唆されます。

図7

認知予備能は「認知症になりにくさ」を表現した概念で、さまざまな因子が複雑にかかわっています。アルツハイマー型認知症を含めて認知症の根本的治療法が未だ確立されていない現在においては、運動習慣、社会参加、生活習慣病の治療など、認知予備能に含まれる具体的な因子を強化することが、認知の最良の予防法と考えられます。

【注釈一覧】

*1)死因などの究明のため、亡くなった患者さんの遺体を解剖すること。病理解剖とも。

*2)Positron Emission Tomographyの略で、ポジトロンCTとも呼ばれ、放射性薬剤を使う画像検査。認知症の検査では、脳の血流や代謝、アミロイドβの沈着などを調べる。全身のがんの検査にも用いられる。

*3)認知機能の状態を評価する検査のひとつ。11の項目からなり、30満点中24点未満で「認知症の疑いがある」と評価される。

*4)脳などの臓器において、血流が低下している状態のこと。

薬の使い方

医療法人社団緑成会横浜総合病院 臨床研究センター センター長

長田 乾ながた けん先生

日本神経学会認定神経内科専門医・指導医
日本脳卒中学会認定脳卒中専門医・指導医
日本認知症学会認定専門医・指導医

  • 日本神経学会認定神経内科専門医・指導医
  • 日本脳卒中学会認定脳卒中専門医・指導医
  • 日本認知症学会認定専門医・指導医

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