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【専門家インタビュー】人とのかかわりと健康に関する研究

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研究内容について

編集部:『がんの「語り」ー 語り手の養成から学校・医療・企業への派遣まで』(寿郎社)についての研究内容とその研究成果について教えてください。

 

大島様:本書では「病いの語り」という概念を使って開発してきた、がん患者の病体験の語りの手法を紹介しています。

「病いの語り」とは、患者によって言語化された主観的な病い経験です。

この言葉は、患者による病気の理解が医学専門家による病気の理解と同じように臨床上の有益な情報であることを見いだした1970年代の医療人類学の研究をきっかけに認知されるようになりました。

その後、医療やカウンセリングへの応用が始まり、患者の主観的な経験を語り(ナラティブ)を通して臨床に活用する動きが広がりました。

また、病気について「語る」「聞く」という行為そのものにも眼差しが注がれるようになり、病いや障害を持つ当事者の語りを権力関係や相互作用の観点から検討する研究が進展しています。

このような学術的背景にもとづき、私が理事長をしております特定非営利活動法人キャンサーサポート北海道では、がんという病いの体験を語る「がんの語り手」を養成してきました。養成講座では、がん体験者や家族が病い体験を振り返り、自らが文字として書き起こし、一続きの物語(テキスト)としてまとめ、執筆したテキストに沿って、聞き手に体験の語りを伝えます。こうして作成した語りを学校の授業や企業研修、医療者の研修で聞いていただき、語り手や聞き手への影響を分析してきました。

これまでの研究で明らかになったのは、がんという病いの語りは、語る人・聞くというコミュニケーションを通じて、両者に変容をもたらすということです。

 

編集部:大島様が考える本研究の意義を教えてください。

 

大島様:語る側は、自分のがんの体験を書くことで、内省し、自身の病いや家族、人生に新たな発見を見出します。語ることで、自分の話を聞いてくれる存在によって、外向きになる感覚や「自分が存在していいのだ」という感覚を持ちます。語り方を学ぶ講座では、他の人と一緒に語りの作成をしていきますが、「他者の語りを聞く」というプロセスにおいて、がんを体験した自分の感情や認識の変化を自覚するとともに他者の反応を前向きに受け止めていました。これらを通じて、自己肯定感の高まりや参加者の自己成長につながる可能性が示唆されています。

語りの聞き手は、物語に心を動かす中で、困難と共に生きてきた体験者の話を自分に照らして感情移入しながら聞いていました。また、病いや困難に向き合う姿勢、命や周囲の人との関係の大切さを学び取るとともに、病気としてのがんの理解を深めていました。医療者にとっては自己の臨床態度の内省につながっていました。感情移入や自己との比較・省察のプロセスを通じて理解や意識の変化を促し、深い学びとなる可能性が示唆されております。

物語理解や読解研究では、注意の集中やイメージ化,共感や感情移入により、満足感や喜びが促進され、洞察や信念に影響するとされていますが、がんの語りにおいても類似のプロセスが起きている可能性があります。

 

編集部:『「絆」を築くケア技法 ユマニチュード: 人のケアから関係性のケアへ』(誠文堂新光社)についての研究内容とその研究成果について教えてください。

 

大島様:「ユマニチュード」は、フランスで開発されたコミュニケーション・ケア技法です。日本では10年程前から普及が進んできましたが、この技法でケアを受けた認知症の人の様子が劇的に変わったことから「まるで魔法のようだ」とメディアで注目され、テレビや新聞でも何度も紹介されています。

私はコミュニケーションの観点からこの技法に注目し、2018年に10週間の研修を受けてこの技法を教える認定インストラクターの資格を取得しました。本にはその時の体験、日本での普及の現状、フランスの状況などをまとめるとともに、技法を考案したフランス人のイヴ・ジネスト氏、日本での普及に努める本田美和子医師へのインタビューも行い、紹介しています。

ユマニチュードの基本となるのは、「見る」「話す」「触れる」「立つ」ことに関わる4つのコミュニケーションです。最も重要なのは「あなたのことが大切だ」と相手に伝わるようにコミュニケーションをするということで、それぞれに具体的な技術があります。さらにこれらを使ってケアをする手順も開発されています。

具体的な技術については、私が執筆した本以外にも参考になる書籍やDVDがありますのでご参照ください。コミュニケーションの観点から興味深いのは、具体的な技術を使って本人の自己決定や持っている力を徹底的に尊重する姿勢を貫いていること、人間どうしの良好な関係性を構築し維持し続けること、ケアをする側と受ける側の間に肯定的な感情の交流を作りだし両者が変容することです。

 

 

編集部:その研究を行った経緯を教えてください。

 

大島様:もともとがんのサバイバーシップについて研究しており、患者の力を活かしたピアサポートや患者のナラティブの持つ価値に着目していました。その中で、医療従事者と患者とのコミュニケーションの問題にも関心を持つようになりました。その観点からユマニチュードを見たときに、「ケアをする人」と「ケアをされる人」との従来型のコミュニケーションに大きな変革をもたらす可能性があるのではないかと思ったのです。

これまで研究してきて私自身が考えるこの技法の最大の特徴は、ケアの中心にケアをする人ではなく、ケアをする人とケアを受けるひとの「関係性」を置くところにあります。「ユマニチュードを使ってケアするとき、まず意識するのが「ケアされる人との間にどんな関係を築くか」を意識します。そのうえでケアを通して承認メッセージを伝えます。ケアを通してよい関係性を築くことを最優先することによって、「やってあげる」「やってもらう」という関係性を変容させることができると考えています。

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今後の目標について

編集部:大島様の研究における最終的な目標を教えてください。

 

大島様:このような新しいコミュニケーションのあり方を提示している実践について分析を進め、従来型の「支える人」「支えられる人」、「ケアをする人」「ケアを受ける人」という非対称の関係性とは異なる新たな関係性を社会に普及させたいです。このような関係性こそが、患者や高齢者の持つ力をケアや社会に活かすために必要だと思っています。

そして、患者や高齢者の身体的・精神的健康の回復や増進、患者や高齢者の自律の尊重、患者や高齢者の社会的地位の向上、患者や高齢者に対する不当な扱いや偏見の解消、すべての人の権利と尊厳が尊重される社会の実現に役立てたいです。

また、このような非対称の関係性は家庭や学校、企業や地域など社会のいたるところにあります。コミュニケーションを通じて、人々が互いに尊重しあう社会の構築に貢献したいと考えています。

 

編集部:今後はどういった研究を進めていく方針なのでしょうか?

 

大島様:先日大学の公開講座で、上記の2つと研究と実践で関わってきた介護予防運動のふまねっとの3つの事例を紹介しました。

ふまねっとは、NPO法人ふまねっとが全国に普及活動を進めている運動で、歩行機能、認知機能の改善や、とじこもり、うつの予防の効果があると言われています。50センチ四方の大きなマス目でできたあみを敷き、そのあみをふまないように注意して、ゆっくり、慎重に歩く運動です。マス目を利用して作られたステップがたくさんあり、このステップを間違えながら、仲間と一緒に「練習」します。筋力強化を目指す運動ではなく、脳と身体を同時に使って複数の課題を同時にこなす「多重課題運動」です。

コミュニケーションの観点からいうと、「間違えながら」というのと、仲間と一緒に練習するというのが大変重要です。この運動は、運動ができる・できない、運動を教える・教わる、運動をやらせる・やらされるといった序列をつくらないよう工夫されています。それにより参加者もサポーターも、自己肯定感や意欲、充足感が高まります。

3つの事例のコミュニケーションには、「関係性がもたらす変容」「感情と身体の重視」「今、ここへのエネルギーの投入」の3つの共通点があるのではないかと考えています。

今後はこの共通点について分析を進めていくつもりです。

 

健達ねっとのユーザー様へ一言

私は、健康には人との関わりが極めて重要だと考えています。ご紹介した技法はどれも自分自身のためでだけでなく、他者や社会のためにもなる技法です。互いに承認しあうコミュニケーション、人との水平な関わりの中でこそ、健康の維持や回復、向上が実現できるのではないでしょうか。

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薬の使い方

北星学園大学文学部心理・応用コミュニケーション学科教授

大島 寿美子おおしま すみこ

NPO法人キャンサーサポート北海道理事長
日本ユマニチュード学会理事

  • NPO法人キャンサーサポート北海道理事長
  • 日本ユマニチュード学会理事

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