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認知症を生じにくい人とは?―認知症発症における促進因子と抑制因子-

東京女子医科大学脳神経内科
吉澤浩志 先生

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認知症の薬物治療の現状

アルツハイマー病をはじめとした認知症疾患に対する薬物治療は、過去10年間に新たなものは登場しておらず、現時点では極めて限られた選択肢しかないのが現状です。
そして、現在使用可能ないずれの薬剤も、脳内に不足している物質の補充など、対症療法に過ぎません。

すでに報道などでお聞きになった方もいると思いますが、原因となるアミロイド病理に直接作用する「アデュカヌマブ」や「レカネマブ」など、新規疾患修飾薬(*1)が数年以内に認可される可能性があります。
とはいえ、すべての患者さんの臨床症状の改善に結びつくかどうかは、まだ明らかではありません。

したがって、しばらくは限られた薬物のオプションの中で治療を考えていかざるを得ず、薬物に頼らない非薬物療法の重要性が再認識されています。

●認知症発症には、促進因子と抑制因子がある

そこで重要になってくるのが、認知症発症に関する“促進因子”と“抑制因子”です。
促進因子は危険因子、抑制因子は防御因子といってもいいでしょう。

脳の老化現象や、アルツハイマー病などの病的変化が生じた場合、それらの脳の変化に相当する認知機能の低下が生じます。
しかし、脳の変化と認知機能低下の関係は1対1対応ではなく、脳の変化が軽いにもかかわらず、認知機能低下を生じる方もいれば、逆に、脳の変化がかなりあったとしても、認知機能が正常にとどまっている方もいます。

つまり、脳の変化は避けることができなくても、それに応じた認知機能の低下を抑えることはできるかもしれないのです。

[図]に示すように、《脳の老化や病的変化→認知機能低下》という流れに対して促進的に働く促進因子としてあげられるのが、「糖尿病」「高血圧」「脂質異常症」などの生活習慣病です。
いっぽう、防御的に働く抑制因子としてあげられるのが、高い「教育」歴、高度な「職業」の経歴、創造的な「余暇活動」、十分な「運動」などです。

[図]

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【促進因子】生活習慣の見直しなどで対応が可能

認知症発症の最大の促進因子は、生活習慣です。

特に「糖尿病」については、多数の研究により認知症との関連性が指摘されており、糖尿病があると認知症の発症リスクは約2倍に上がります。

また、「高血圧」は血管性認知症の危険因子であることはわかっており、最近では、血管性認知症だけでなくアルツハイマー病のリスクも増大させることがわかってきました。

生活習慣の改善が認知症発症に与える影響を調べた研究があります(Rotterdam Study, 2019)。
これによれば、遺伝性が強く関与する一部のアルツハイマー病を除くと、生活習慣を改善することで認知症の発症リスクを下げられることが分かりました。

この研究で考えられた改善すべき生活習慣は、「タバコ」「抑うつ症状」「糖尿病」「社会的孤立」「運動不足」「不健康的な食事」の6項目です。
このような、生活態度を変えたり、体の状態を適切に保ったりすることで対応が可能な危険因子をコントロールすることは、認知症予防の観点から重要と考えられます。

【抑制因子】知的な活動には、認知機能低下を防ぐ効果が期待できる

 これまでの多くの研究で、教育歴が高いこと、より高度で複雑な仕事をすること、独創的で創造的なレジャー活動を活発に行うことは、認知症の発症に対して防御的に働くことが示されてきました。

「教育」に関しては、アルツハイマー病や脳血管障害発症後の認知機能低下に対して代償的に作用することは、間違いないようです。
特に、人生の早期段階における高いレベルの教育により、一定のレベルの加齢変化や病理的な変化による認知機能低下を生じにくくすることは、多くの研究が示唆しています。

「職業」に関しても多くの報告があります。
知的で複雑な職業に従事することによる認知機能低下の予防的効果が、多くの研究で示されてきました。

“職業的地位”と“管理職的地位”の間の関係について検討した研究では、仕事における地位よりも、むしろ人生の中で数多くの部下を管理した経験のほうが、認知機能低下の予防的効果を持つことを示しています。

知的で独創的な「余暇活動」への参加は、アルツハイマー病などの認知症疾患の発症率を下げるという疫学研究も多くあります。
成人になってからの生活スタイルは、認知機能低下をやわらげると考えられています。

「運動」は、健康な加齢に貢献し、さまざまな身体疾患の予防に寄与することは明らかですが、定期的な身体活動は、後年の認知機能低下を予防する結果も数多く報告されています。
特に、有酸素運動の認知機能に対する改善効果は、多くの介入研究によっても認められています。

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認知症予防における「認知予備能」という考え方

 これまでの疫学研究から示されたことは、「高齢者の認知機能は、それまでの人生における知的活動により改変しうる」ということ、ならびに「知的活動は、脳に加えられた一定の損傷や病理学的変化に対して、それに相当する認知機能低下を来さないように働く」ということです。

教育歴の長さ、刺激的な仕事、適度な運動や創造性のある趣味など、さまざまな個人の経験の蓄積が、認知症発症リスクを減らし、正常加齢における記憶力低下を抑える働きがあると考えられます。

このように、加齢変化や病気による変化に対して認知機能を保とうとする抑制力、予備能のことを「認知予備能」と呼んでいます。
若年期の教育や、中高年期の運動や趣味、仕事などによって、脳の機能的ネットワークはより複雑になり、仮に脳神経損傷や病理変化があったとしても、機能的かつ効率的にネットワークを使用したり、代替ネットワークを活用したりすることによって、認知機能を保持するように働くのでしょう。

したがって、高齢者の認知機能維持のためには、これらの抑制因子を活性化することを念頭に置くのがよいと考えられています。

2013年に発表されたフィンランドの研究(Finger Study)では、栄養・運動・認知訓練などをいろいろ組み合わせた指導をしっかりと受けることにより、たった1~2年で、全体的な認知スコア、遂行機能、脳における情報処理速度で差が出るという結果が出ました。
この驚きの結果を受けて、似たような試験が世界中で行われるようになりました。
今年あたりから、結果が続々と出てくると予想されています。

これらの結果は、脳への一定の刺激は認知機能を改善することを示しており、ヒトの脳は老年期においても()()性があり、また常に改変しうることを示唆します。

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“今できるさまざまなこと”に取り組んでいこう

まずは「絶えず学習する」という意欲を持つ重要性を、再認識する必要があります。
すなわち“生涯学習”という考え方です。

それは、語学でも歴史でも、文学、芸術でもよいと思います。

同様に、長く続けられる趣味を持つことも大切です。囲碁や将棋などの知的競技、裁縫や手芸などの手先の運動、地域におけるボランティア活動も、コミュニケーションの醸成と相まって効果的です。

適度な運動は、認知予備能を高めることは研究結果からすでに確立されており、特に体操、水泳、散歩、ゴルフなどの有酸素運動の効果が期待されています。

認知症や老化現象に対する「薬」がないとあきらめる前に、さまざまなことを試みてはいかがでしょうか?

【用語解説】

(*1)疾患修飾薬:疾患の原因となる物質に直接作用して、発症や進行を抑える薬。

薬の使い方

東京女子医科大学病院 医学部 医学科 脳神経内科 准教授

吉澤 浩志よしざわ ひろし先生

日本神経学会
日本神経心理学会
高次脳機能障害学会

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