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認知症の情動療法―喜びに満ちた環境づくり―

仙台富沢病院
藤井昌彦先生 佐々木英忠先生

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●認知症の情動療法とは?

厚生労働省は、2040年に認知症が最も重要な疾患になると予想しています。

認知症は、「物忘れがあり社会生活ができなくなった人」と定義されています。
物忘れの程度は認知機能の低下で表され、社会生活ができない状態は、怒りなどの「苦悩的情動」による行動・心理症状(BPSD)で表されます。
このBPSDは、多かれ少なかれ、すべての認知症の人に発生します。

認知機能の低下は、薬や訓練で治療できません。
また、BPSDは抗精神病薬で抑制できますが、情動が無反応になり、治療とは言えません。

そこで、認知症の人に対し、情動によい刺激を繰り返し行い、苦悩的情動から喜びの「歓喜的情動」になっていただくという方法があります。それが「情動療法」です。

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●感動などの“善”の刺激を繰り返すことで、BPSDを緩和する

認知症の人は、認知機能が劣化しているものの、怒りなどの苦悩的情動を表出できるなど、情動機能は比較的残っています。
認知機能はMMSE(Mini-Mental State Examination)などの認知機能検査により、定まった数値で表されますが、情動機能は喜怒哀楽のように相反する情動が同時にあり、外からの刺激に対し、そのときの加減で喜びにもなり、怒りにもなりうるものです。

これについて筆者らは、BPSDを生じている認知症患者に対し、患者が喜ぶキーワードに沿った感動、すなわち“善に基づく感激に至る”刺激を繰り返すことで、情動機能が怒りから次第に喜びにかわりうることを報告しています。

健常者の場合は、感動に接しても、その感動をほかと比較して「陳腐だ」などと優劣を決めつけ、素直に受け取りにくいということがしばしばあります。
しかし、認知症の人の場合はほかと比較せず、「もっと贅沢をしたい」などの要求もしないで、どんな些細な親切にも、素直に感謝の気持ちを伝える例が多いのです。

これは、認知機能が劣化しているためにほかと比較するということをせず、感動が素直に情動機能に届くためと考えられます。

いっぽうで、認知症の人は、相手は盗んでいないのに「あんた盗んだでしょう」などと言うことがあります。
これは、認知症になると人物、場所、および時間がわからなくなる「見当識障害」が出やすいからです。
劣化した認知機能により誤って判断し、苦悩的感情に固執するためそのようになると考えられます。

●認知症患者のBPSDには、介護者の行動・心理症状が影響していることも

情動療法の基本は、喜びに満ちた環境を作ることです。

先ほど、認知症になるとBPSDが起こると言いましたが、介護者である家族の行動・心理症状(Behavioral Psychological Symptoms of Caregiver, BPSC)により、患者がBPSDを起こしている例が多いといえます。
実際に、患者と家族の仲が認知症になる前から悪かったりすると、家族は患者を疎遠に扱い、それによって患者がBPSDに至るというケースがみられます。

このケースでは、患者と家族を引き離す「転地療法」が必要である場合が多いです。
家族から離れて施設などへ入所し、そこで働く介護者が敬意をもって患者に接することで、患者が「ここは安心できる」と感じるようになれば、次第に心を開くようになります。

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●「歓喜的情動」を呼び起こすさまざまなプログラムがある

情動機能は、「苦悩的情動」と「歓喜的情動」に分けられます。
苦悩的情動はBPSDの指標(NPI:0-144点で、点数が低いほどBPSDは少ない)で表されますが、喜びを表す指標は従来ありませんでした。
そこで筆者らは、歓喜的情動指数(Delightful Emotional Index, DEI)を作成しました。

DEIでは、歓喜的情動を「挨拶」「表情」「関心」「話し合い」「喜ぶ」「感謝する」「ほめる」「きづかう」「ユーモア」「善悪判断」の10項目について、程度(0-3点)×頻度(0-3点)の点数で判断します。合計0―90点で、点数が高いほど喜びの情動があるといえます。

従来、認知症のレクレーションとして行われてきた塗り絵、カラオケ、風船バレー、テレビ鑑賞などでは、BPSD患者のDEIは低い成績でした。
同じ喜びでも、ただ面白ければよいということではなく、“善”を伴う喜びで刺激しなければならないのです。

そこで、筆者らは、感動を呼び起こす以下のプログラムで刺激することにしました。

①演劇情動療法

プロの役者に頼み、感動するような本、落語などを、あたかも劇場にいるかのように語って聞かせるというものです。
自分の境遇に照らし合わせ、涙を流して感動する人もいました。泣くことで苦悩的情動を浄化させます。
筆者らの病院では、10人くらいのBPSD患者を対象に、個室で1回1時間、週1回を7年間継続しています。

②IOT療法

患者の喜ぶキーワードに関する画像と音を、クラウドからIOTで引き込み、テレビで供覧します。
すべてにおいて無反応な人でも、子供時代の故郷の街並みをたどる動画にじっと見入り、関心を示す人もいました。

③笑いヨガ療法

輪になって笑う療法です。インストラクターが強制的に笑うことで、次第に患者にも笑いが広まります。

④アールブリッド療法

精神障害者が描いた素朴な絵画を美術館のように展示し、インストラクターと鑑賞します。
太鼓をたたく絵を見て「音が聞こえるようだ」と言ったり、ユリの花の絵を見て「ユリが香ってくるようだ」と言ったりするなど、思いがけない反応を示します。

⑤バーチャル観光ツアー療法

近場の温泉ツアーをスタッフが実行し、動画に収め、それを、バスガイドの服装をしたスタッフの案内で鑑賞しながら、名産のお土産を食べて思い出を語るというものです。

これらを数回から数年間にわたり実行したところ、いずれのプログラムでもNPIは低下し、DEIが上昇しました。

そのほか、薬の扱い方についてですが、向精神薬のうち、特に抗精神病薬はNPIを抑制するものの、同時に歓喜的情動も抑制します。
歓喜的情動の抑制を最小限にするためには、NPIが低下してDEIが上がってくるまでの間、抗精神病薬を除く向精神薬を必要最小限処方します。

健達ねっとECサイト

●情動療法の先にある「デライトフルエージング」のすすめ

認知症では、認知機能が低下しているためか、BPSDのような苦悩的情動も歓喜的情動も、健常者に比べて素直に表出していると考えられます。
そして前述のとおり、苦悩的情動を持つBPSD患者に対しては、感動などの“善”を伴う喜びで繰り返し刺激することで、認知症の人が本来持つ、歓喜的情動に伴う優しさを表出できることが判明しました。

物忘れがあってもBPSDがなければ、縁側に座り、誰が訪ねて来たかも忘れているものの「今日もよい日だった」と過ごすことができます。

また、衣食住の介護を素直に受けていれば、認知症の定義から外れ、病院へ行く必要もありません。
実際に、そうなる人も多いのです。

「いかなる苦悩より喜びははるかに深い」と、哲学者のニーチェ(1885年)は指摘しています。
認知症を含む老年患者においては、認知機能も含む臓器障害の有無にかかわらず、喜びを持ち、情動の安定した「デライトフルエージング」を目標にすることが求められていると考えられます。

これまで、医療では“病気の克服”という臓器医療の整備が命題でしたが、長寿も限界に近づいています。
また、AIが臓器医療にとって代わろうとしているようでもあります。
情動療法にかかわる職業が、今後、最も必要になると予想されています。

そろそろ医療こそ、特に認知症を含む老年医療においては、率先して人の大きな分野を占める“情動”を目標にすべき時期が来ているように思われます。

認知症という病態において認知機能に固執するのは、すべての臓器が加齢とともに劣化し死に至るという、自然の掟に逆らうのではないでしょうか。
日本人の根底にある仏教は、諸行無常のように、物に固執せず自我を捨て安寧に生きる「デライトフルエージング」を示唆しているように思えます。

物の優劣にこだわりがなくなり、素直に喜びを受け入れる認知症の人は、仏教の人生の達人に達した人ともいえるでしょう。

【参考文献】

Fujii M et al. Mini-Emotional State Examination for dementia patients. Geriatr Gerintol Int 2014;14:508-513.

薬の使い方

仙台富沢病院 病院院長 東北大学医学部 老年科 名誉教授

佐々木 英忠ささき ひでただ先生

日本認知症情動療法協会

  • 日本認知症情動療法協会

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