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認知症ケアにおける理学療法士の役割

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理学療法士とは

理学療法士は、医学的リハビリテーションの専門職です。
病気やけがなどで体に障害のある人や、障害の発生が予測される人に対して、基本動作能力の回復や維持、および障害の悪化の予防を目的に、運動・体操や温熱、電気などの物理的手段などを用いて、自立した日常生活が送れるよう支援します。

基本動作とは、寝返り、起き上がり、四つい、座位、立ち上がり、立位、移乗、歩行など、生活動作の土台となる動作です。

食事を例に考えてみましょう。
[図1]をご覧ください。

多くの人が、座ってご飯を食べていると思います。
その際、うまく座れず、体が不安定だったらどうなるでしょうか?
上肢(箸)を使って食べものをうまく口へ運べず、こぼしてしまうでしょう。
また、体が不安定で首が安定しないと、飲み込みがうまくいかなくなります。

胴体のことは、「体」の「幹」と書いて「体幹(たいかん)」といいます。
また、手足のことを「四肢(しし)」といいます。
木をイメージしてみてください。
幹がどっしりと安定していれば、たくさんの枝葉を茂らせる (人でいえば、スムーズに手足を動かす)ことがきるのです。
このように、安定して座るという基本動作が、円滑な食事動作の土台となっています。

[図1]

そのほか、トイレ動作であれば、「トイレまで歩く」「便器に座るために方向転換する」「トイレで下衣を上げ下げする間、立った状態を維持する」「便器からの立ち座り」などの基本動作が含まれています。

理学療法士は、筋力の強化や、関節可動域 (関節の動く範囲)の拡大など、運動機能を維持・改善させ、基本動作の維持・改善に結びつけます。

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動作を工夫したり、環境を調整したりして生活しやすく

障害は、すべてが治るわけではありません。
障害の回復が難しい場合でも、理学療法士は患者さん本人の環境や動作方法を変えて、生活しやすくなるよう支援します。

まず、本人の動き方や介助方法などの動作を工夫します。

たとえば、立ち上がりの際に、浅く腰掛ける、足を引くなど、お尻と足が地面や座面に接している面積 (支持基底面)を小さくし、お辞儀をするように立ち上がると、重心が前方に移動して立ち上がりやすくなります[図2]

[図2]

また、階段や段差を降りる際、通常は前方を向いて降りますが、横向きや後ろ向きで降りるほうが、重心移動の関係で降りやすいこともあります。

後で述べる福祉用具や住宅改修は、道具が必要だったり、同居する方にも影響が出たりと大規模になりますが、動作の工夫は環境を変えることなくできるのも利点です[図3]

[図3]

また、トレーニングを行って筋力がつくまでには1か月くらいかかりますが、動作の工夫は、その場で効果を確認できます。
理学療法士は動作分析を得意としますので、この動作の工夫が、他職種にない支援の特徴といえるかもしれません。

動作の工夫だけでは解決できない場合は、環境調整として「義肢・装具」「杖・歩行器などの歩行補助具」「車椅子・リフターなどの移動・移乗補助具の選択・調整」安楽な姿勢がとれるよう「椅子・車椅子・ベッドでのポジショニング」といった福祉用具の選定や調整、「段差解消」「手すりの設置の提案」などの、家屋評価や住宅改修も行います。

脳の障害による動きにくさへの対応も、理学療法士の専門分野

理学療法士は、骨折や変形性関節症など、運動器の病気のリハビリを主としており、脳の病気である認知症は専門外と思われる方もいるかもしれません。
しかし、人の体は脳からの指令で動いています。
そのため、脳の障害で手足がうまく動かない場合のリハビリも、理学療法士の得意分野です。

たとえば、脳血管障害による運動麻痺に対するリハビリや、失語症、注意障害など、認知症と同じような高次脳機能障害をもつ患者さんのリハビリも、理学療法士が行うのです。

実例をまじえて解説します。
[図4]をご覧ください。

[図4]

認知症の患者さんにベッドから車いすへと移乗してもらう際、[図4]左上のイラストのように本人の正面に車いすを置き、車いすの肘置きを両手でそれぞれつかんでもらうとします。
すると、本人は立ち上がることはできますが、方向転換ができません([図4]左下イラスト)。
介助者が「お尻を回しましょう」と声をかけても動けず、方向転換を介助しようとするとかえって本人が抵抗し、固まってしまう場合があります 。

一方、ベッドに車いすを斜めに着けて、本人から遠いほうの肘置きを片手でつかんでもらうと、その時点で体が少しねじれます([図4]右上・右下イラスト)。
そのまま立ち上がりながら、体を回転させてスムーズに移乗できます。

このような現象は、中等度から重度の認知症者でよく見られます。
「無意識の動作はできるが、介助者の指示などに従って意識する(企図動作)と、混乱してどのように動いてよいかわからなくなる」「つかんだ物から手を離せない(把握反射)」などの症状として説明できます。
手すりを持つ・持たない、手すりを持つ際の手首の向きなど、わずかな違いが次の動作のヒントとなり、動作ができたり、できなかったりするのです。

理学療法士は動作場面を観察して、たとえば本人につかんでほしいところに目印を付けるなど、認知症者の動作を無意識に引き出すような環境を設定し、残存能力の発揮や介助量の軽減につなげます。

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軽度認知障害(MCI)や軽度認知症の時期から、運動機能が低下する

先ほど、中等度から重度の認知症者に対する理学療法士の関わり方の例を紹介しました。
それでは、軽度認知障害 (mild cognitive impairment; MCI)や軽度認知症者ではどうでしょうか?

MCIや軽度認知症者は、麻痺などもなく、歩ける方が多いと思います(歩けるがゆえに、行動・心理症状(BPSD)の一つである徘徊が出現するともいえます)。
そのため、認知症の神経症状による運動機能の低下は、あまり注目されてきませんでした。

しかし最近の研究で、MCIの段階から活動量やバランス機能が低下したり、運動機能の低下に伴って「フレイル」や「サルコペニア」を合併し、転びやすくなること、また、フレイルやサルコペニアを合併すると、認知症が軽度のうちから着替えや入浴などの生活動作が難しくなり、認知症の進行が加速される可能性が示されています。

つまり、MCIや軽度の動ける時期からしっかり運動したり、活動性を高めたり、社会参加したりすることが、認知症の進行予防につながるのです。

たとえば、バスに乗ってカラオケに行くことを日課としている場合、バスでカラオケ店まで移動し、仲間とカラオケを楽しみ、安全に自宅に帰ってくる必要があります。

ところが、認知症になると、今までできていたことができにくくなり、疲れやすくなります。
カラオケ店までの移動で疲れてしまっては、カラオケを楽しみ、安全に帰ってくるということが難しくなります。

理学療法では、社会参加に必要な全身体力・持久力を鍛え、目的地までの安全・安楽な移動手段を一緒に考えることや、認知症進行予防のために自宅でできる運動プログラムなどを考えることができます。

また、脳血管性認知症やレビー小体型認知症では、神経症状であるパーキンソン症状が軽度の時期から出現し、筋肉が硬くなり、動きにくくなります。
筋肉が硬くなると体をねじる動作が苦手になり、寝たり起きたりするのが大変になったり、歩く速度が遅くなったりします (歩行や階段の上り下りができるのに、寝たり起きたりすることができないので、「怠けている」と周囲に誤解されることもあります)。

理学療法で筋肉の緊張を整え、関節可動域を維持したり、バランス能力を保ったりすることで、動きやすい状態を維持することができます。

いかがでしたでしょうか。
認知症になってからのケアだけでなく、認知症の発症予防に役立つケアのひとつとしても、理学療法が今後注目されていくことを期待しています。


群馬大学大学院保健学研究科リハビリテーション学講座
山上徹也 先生

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