
タイ・チェンライで介護施設「ひだまりホーム」を運営しているツッチーです。
先日、北海道から日本人のご家族が、小さなお子さんと一緒に、「ひだまりホーム」を訪ねてくれました。
正直に言うと、来る前は少し心配していました。
言葉は通じない。文化も違う。ここは日本ではなく、タイの地方都市チェンライ。
さらに、ひだまりホームで暮らしているのは、認知症のあるおばあちゃんや、99歳のおばあちゃんたちです。
「お子さん、大丈夫かな」
「怖がらないかな」
「もし泣いてしまったらどうしよう」
介護の現場にいると、どうしても先回りして、いろいろな“リスク”を考えてしまいます。
でも、その心配は、来た瞬間にきれいに吹き飛びました\(^o^)/
ひだまりホームにいるおばあちゃんたちは、タイ人でもちろん日本語は話せません。
それでも、日本人の子どもを見た瞬間から、とにかく、かわいがる。かわいがる。
認知症のあるおばあちゃんも、99歳のおばあちゃんも、何度も抱きしめて、抱っこして、顔をのぞき込んで、笑う。

僕は横で見ながら、正直びっくりしていました。
「あれ? 言葉、通じてるんじゃない?」
そう思ってしまうくらい、日本語とタイ語が入り混じりながら、なんだかもう、立派にコミュニケーションが成立していました。
子どもは、言葉よりも先に、表情や雰囲気、安心感で関係をつくっていくんだなと、あらためて感じました。
僕も見習うところがあるなと思いました。
その日の午後は、みんなでパンプキン・ブアローイを作る日でした。
※ブアローイとは、タロイモやかぼちゃを丸めて、ココナッツミルクで煮て食べる、タイ版のおしるこのようなおやつです。ひだまりホームでは、こうしたおやつ作りも、日常のアクティビティのひとつです。
最初は、おばあちゃんたちが「こうやるんだよ」「手はこうやって動かすの」と、お子さんに教えていました。
ところが、しばらくすると、立場が自然に入れ替わっていきました。
気づけば後半は、お子さんの方がどんどんブアローイを作ってくれていて、おばあちゃんたちはそれを見て笑っている。
教える側と、教えられる側。
誰かが決めた役割ではなく、その場にいる人たちの関係性の中で、自然に役割が生まれ、また入れ替わっていく時間でした。


介護の仕事をしていると、「役割」をつい固定して考えてしまうことがあります。
介護する人、される人。
教える人、教えられる人。
できる人、できない人。
でも、この日のひだまりホームでは、そんな線引きは、ほとんど意味を持っていませんでした。
認知症があるかどうか、年齢がいくつか、国籍がどこか。そういった情報よりも、「いま一緒にいる」という事実のほうが、ずっと大きかったように思います。
認知症のある方が、子どもに対して、驚くほど自然に関わる場面は、これまでも何度も見てきました。
子どもは、評価もしないし、正解も求めない。
ただ、そこにいて、笑って、触れて、一緒に過ごす。
その関係性が、認知症のある方の中に残っている“人としての力”を、そっと引き出してくれるのかもしれません。
ひだまりホームから帰ったあと、そのお子さんが「まだ帰りたくなかった」と言ってくれたそうです。
ここは日本ではありません。言葉も違うし、文化も違う場所です。
それでも、「帰りたくない」と思える時間が、ちゃんとそこにありました。
観光でも、勉強でもなく、ただ一緒にいて、笑って、作って、過ごした時間。こういう時間こそが、本当は一番、心に残るのかもしれません。
この体験が、お子さんの記憶のどこかに残って、大きくなったときに、「また、タイのひだまりホームに行ってみたいな」と思ってくれたら、これ以上うれしいことはありません。
その日が来るまで、ひだまりホームは、ちゃんと続いていないといけない。
応援してくださっているみなさんと一緒に、ひだまりホームを育てながら、こうした時間を、これからも大切に積み重ねていきたいと思いましたね。
※いま、ひだまりホームでは、介護環境を整えるためのクラウドファンディングに挑戦しています。
https://readyfor.jp/projects/asiakaigoproject
特別なことをしたいわけではありません。こうして、子どもと高齢者が自然に混ざり合い、笑って過ごせる時間を、これからも当たり前に続けていきたいだけです。
タイ・チェンライという、介護保険のない環境で、できることは多くありません。
それでも、ベッドや手すり、生活の環境を少しずつ整えることで、暮らしの質は確実に変わります。
今回のような時間が、たまたまではなく、日常として積み重なっていく場所であるために。
もしこの文章を読んで、ひだまりホームの取り組みに少しでも共感していただけたら、クラウドファンディングのページものぞいてもらえたら嬉しいです。
応援してくださる一人ひとりと一緒に、この場所を育てていけたらと思っています。







