介護福祉士の受験に挑まれた皆さん、お疲れさまでした。
結果はどうあれ、学生さんは、介護の仕事に就くことに大きな支障はないし、
現役介護職たちも巻き返しはいくらでもききますからね。次に生かしましょう。
学生たちから寄せられた質問にお応えさせていただきます。
Q:介護を始めたとき一番衝撃的だったことは何ですか
この仕事に就いたのは、もう38年前のことなので、どんなことが衝撃的なのかを憶えていませんが、いくつか思ったことが記憶に残っています。
そのひとつが、介護の仕事に就いたばっかりの時に大先輩にあたる上司から「お年寄りには優しく接しなさい」と言われたことで、それは衝撃的でしたね。
というのは、僕には「優しい」が良くわからなかったし、僕は冷たい人間なのでどうしていいかわからなかったからですが、
根っこには「そこじゃないのでは」と反感をもっていた節もあります。
例えば、リビングのテーブル前に座っているトメさん(仮名)にトイレに行っていただくのに、僕のトメさんへのかかわりが周りの方々から見て・聞いて「やさしい態度」「やさしい言葉」だったとしても、
トメさんが立てない方なら立てないし、立てなければ歩けないし、そもそも立てる能力・歩ける能力があったとしても「トメさんが立ちたい」と思わなければ立たれないってことがわかっていたからです。
しかも言葉って、日本語がわからない外国人に、周りの方々から見て・聞いてやさしい態度で、やさしい言葉で「〇さん、トイレに行きましょうか」と言っても、〇さんは何を言われているかわからないように、
トメさんに「通じるコトバが言葉」ですからね。
同時に、そのときに自分なりに確信的に見えたことは、生活支援をしていく僕らの仕事の中で大事なことは「やさしさ」といった曖昧なことではなく、
「できること・できないこと」「わかること・わからないこと」「その人に響くコトや言葉」といったように、「その人のことをよーく知ること」であって、知ることなしに支援はあり得ないと思ったし、
人は変化していく生きものなので「知り続けていくこと」が不可欠だということでした。
また、わかりやすかったのはガンさん(仮名)で、ガンさんは言葉を喋ることが難しくなっていた方で、歩くことはできず、床をいざって移動する方でした。
ガンさんに椅子に座ってもらい食事をしてもらうために、「ガンさん、これ(椅子)に座りましょうか」と言っても通じませんので、二人で抱えるようにして座らせていました。
そこで、あるとき自分勝手に試してみました。
ガンさんの目を見て「ガンさん!」と語気強めに言ってみたところ、ガンさんが「オーッ」と僕の目を見て応えてくれたので、
すかさず座っていただきたい椅子をパンパンと叩いて「ガンさん、ここや!」って伝えたんです。
するとガンさんは首を縦に二度三度振ったあと、椅子につかまって立ち上がろうとされ、僕が少し手を添えるだけで座ることができたんです。
つまり、相手に伝わってこそコミュニケーションだと思うのですが、
曖昧に画一的に「やさしく接しなさい」「ハイ」となってしまう世界に衝撃を受けたってことです。
また、別のことですが新人である僕に「自分から積極的にご利用者に話しかけていきなさい」と言われたことも違和感でしたね。
これは又の機会に書かせていただきます。
Q:介護職で働くために身につけて欲しいことは何ですか
学生さんから「学生のうちに何をしておけば良いですか」と同様のことを聞かれることがありますが、僕は「いっぱい遊んでおくこと」と「脳について興味をもつこと」をお勧めしています。
脳は、自分の生きる姿をつくりだす中心にあると思っているからですが、中でも遊び(快楽)には夢中になり知恵も工夫も凝らしますよね。
その体験をできるだけ多く積んでおくのが良いと勝手に思っています。
家を出て学校に辿り着ける、隣の人を知っているか否か誰なのかがわかる、下着を履いてからズボンやスカートを履く、トイレを探し当てて排せつするなど、
自分のありとあらゆる姿をつくりだしている中心にある脳のことを知らされないまま脳が病気になって認知症の状態になる人の生活支援に携わるんですよね、僕らって。
福祉の専門職養成カリキュラムの中でもほぼ教わらないでしょ。
つまり、「教室にいて排せつをもよおすとトイレに向かおうと行動し、トイレに辿り着くことができ、そこで排せつができ・排せつ後の後始末ができ、再び元の場所へ戻れるのは何故か」を「当たり前のことだ」で済ますのではなく、
「それを成せる今の脳の状態だからこそである」ことを知って欲しいということです。
それを知れば「脳が病気になってそれができなくなることも当たり前のこと=そりゃ、そうなるよね」と思えるからであり、
そう思えれば、「脳が病気じゃない人ができるのは当たり前のこと=脳が病気の状態にある人ができなくなったとしても当たり前のこと」と捉えられるようになるからです。
違う観点から言えば、今の皆さんが排便するときにトイレの個室には自分しかいませんね。
他人が一緒に居ないのが普通でしょ。
なのに、みんなが介護職になると利用者と一緒にトイレの中に自分が居ることに違和感をもたなくなるんですよ。
僕はみんなに、いつまでも違和感を持ち続ける介護職でいて欲しいと思っていて、
なぜなら、違和感を失わなければ一緒に入ったトイレの中で「本人に違和感を持たれない言動」を模索し続けるでしょうが、
そうでなければ「あなたのために入ってあげているのよ」になりかねませんからね。
さらに突っ込んで言えば、頼まれもしないのにトイレに入り込むのは、本来は人権侵害で、そう思えるようになって欲しいということです。
Q:利用者の方とコミュニケーションをとるうえで最も大切にしていることは何ですか
向き合うことで、自分だけが向くことではなく「合う」が肝です。
みんなのお父さんがリビングで野球のテレビ観戦に夢中になっているときに、お母さんが「今度の日曜日、イオンに連れて行ってね」と声をかけ、お父さんは「わかった」と答えたとします。
日曜日になってお母さんが「今日は何時に連れて行ってくれるの」とお父さんに聞いたら「どこに」とお父さんが答え、お母さんが「イオンに連れてってくれるって言ったじゃない」と怒ったとします。
この件で、お父さんとお母さんのどっちに課題があったと思いますか。
介護現場での話をすると、あるとき会議で「カメさんが、いくら言ってもお薬を飲もうとされないんです」と報告された方がいたので、
次の機会に見に行くと、洗面所の前に立っているカメさん(仮名)に「カメさん、お薬を飲みましょう」と一生懸命声をかけているのですが、
ある理由でカメさんは一向に飲もうとされないことが見えました。
そこで職員さんに「職員さん、職員さんはカメさんに一生懸命声はかけていますが、カメさんと向き合おうとはしていませんよね。だってカメさんは、洗面所の観葉植物に気がいっているじゃないですか」と伝え、
「まずはカメさんがあなたの方を向いてくれるように働きかけませんか」と伝えました。
赤子は、おっぱいを飲むときお母さんと対面するでしょ。お母さんも赤ちゃんも向き合ってますよね。
きっと人にとって「向き合う」が原風景なんですよ。
Q:周りからの非難があってもくじけず、和田さんのやり方を継続した理由は何ですか
随分前のことですが、当時全国的に活躍されていた方が、あるシンポジウムで一緒になった時
「僕は、和田さんがグループホームでやっているように毎回、何を食べますかって聞かれたくない」って言われました。
僕がやっていることや言っていることにいろいろ言われる方がいても、この方のように直接言われることはほぼないので、楽しかったですがね。
僕は自分のグループホームの実践のなかで入居者に「何を食べますか」と三食とも聞いていました。
朝食だけは「ご飯にしますか、パンにしますか」「卵は、卵焼きにしますか、目玉焼きにしますか、それともスクラブエッグにしますか」といった程度ではありましたがね。
そのときにひるまなかったのは、
僕に対して非難した人は「毎回、何を食べるかを聞くこと」を言っていましたが、僕がやっていることは「本人の意思が本人の生活に反映できるようにすること=特別なことではない=暮らしの中に普通にあること」だったからです。
つまり、「和田さんのやり方」は、
食に限らず「どこにいきましょうか」「何をして過ごしましょうか」「どの服を着ますか」「お掃除をやりましょうか」といったように生活のあらゆることに対して「本人の意思」を大事にしていたということです。
だから、僕に対して言うべき言葉は「本人の意思を反映させるのはおかしい」が正しい言い方だと思いますが、さすがにそれは言えなかったんでしょうね。
本質的なことを非難されたわけではないので聞く必要がなかったというのが正しいかな。
旅での出会い
旅していると、日常生活の中で出会えないことに遭遇します。だから旅は楽しいのかもしれません。
友人宅に向かう途中「オヤッ」と思ったものに出会いましたが、急いでいたので一旦はスルーし、用事を終えた後、その場所に戻ってみました。
それが、これです。

通常、郵便ポストは歩道や車道に対して投函口が向いていますが、どうしたんでしょうね。
現役のポストではないようでしたが、明らかに道路上にありますので、オブジェではないはずです。
この辺りの光景を見る限りですが、都市計画で道路の向きが変わったようにも思えず謎でした。
こうしてまじまじと見ると、赤いポスト、緑と白の禿げたライン、薄ピンクの建物、そして茶色の壁に小さな緑の番地札の映り込み。何となくステキな写真やなぁ
また、ホテルのエレベーターの中に、こんなものが貼ってありました。
それが、これ

客室のテレビで、レストランやランドリーの混雑状況を見ることができるなんて、とても便利なのですが「大浴場」も見れるようなんですよ。
見ることはしなかったですが、大浴場の混雑状況って「脱衣するところ」か「入浴するところ」しかないはずで、どちらにしても見れてよいわけはなく、これを見て入浴したら「知ったうえでの入浴」と言われかねず、大丈夫なんでしょうかね、この張り紙。

これは羨ましく思えた、僕の知人の「出会い写真」です。
太陽活動が極大期(活発な年)になった2025年、ロンドン航路の機中から見えたオーロラだそうです。いやぁ、僕も出会いたかったなぁ。

彼とも旅先で出会いました。
初めて会ったのは、ハノイで有名な「トレイン ストリート カフェ」
今は、当時よりかなり派手にストリートになっていますが、列車が来るまでは線路上もカフェスペースとして使い、列車が来る前に撤去。列車が通過するギリギリの処で飲食します。

日本からロンドン、ロンドンからハノイの高齢者施設へ渡り働いていた介護福祉士で、この健達ねっとで「ツッチーの旅する介護士日記」を連載している土橋さんです。
今は、タイの北部、チェンライで介護施設の運営に携わっていて、その施設の増築(お部屋を増やすのとコミュニティスペースを広げる)にとりかかり、
施設で使うための備品等の資金集めにREADYFOR社でクラウドファンディングに取り組んでいる最中(あと二週間くらい)です。
300万円の目標で80%くらいまで達成しているほどたくさんの方から応援してもらっていますが、僕も応援団の一人です。
ぜひ、彼のやっていることを見ていただき、応援してあげてください。






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