先日、ある市からのご依頼で講演に行ってきました。
もうかれこれ20年以上、人前でお話しさせていただいていますが、この度初めて「見守り」についてのご依頼を受けました。
というのもこの市では、認知症の状態にある方が目的地に着けず又、自宅に戻ることができず彷徨ってしまった時に探し合う市民のネットワーク「認知症高齢者SOSネットワーク」を構築していて、
その関連での講演会で、100名を超える市民の皆さんが集まってくださり熱心に聞いてくださいました。
そこで、今回は和田さんが考える「見守り等」について書いてみます。
子育てに見るふたつの支援形態
親として子供を公園に連れて行った方は読者の中にも大勢いると思います。
子育てを経験された方は思い出していただければいいと思いますが、親は誰にも教わっていないのに「三つの支援形態」を使い分けていることが見てとれます。
子どもが歩き始めた頃は「いつ転んでもおかしくない」ことを察知していますから子どもとの距離はかなり近く、ほぼ付き添っています。
子どもとの距離を近づけるのは「いつ・何が起こるかわからない」ことへの大人としての備えで、この頃の子どもは「何が起こってもおかしくない状態」と判断しているからでしょう。
実際、転ぶだけでなく、砂や犬の糞など何でも口に含もうとしますから「至近距離の支援策」をとっています。
よほどの時は抱きかかえて「自分と同体化」させます。
月齢が大きくなると、どうでしょう。
子どもを砂場で遊ばせて近くのベンチに腰掛けてご夫婦で会話したりお友達と会話したりしている大人の光景をよく目にしますが、子どもが歩き出した頃から比べれば、かなり子どもとの距離が離れています。
でも、「姿が見える位置」に陣取って見守っていますね。
だから、子どもの姿が目から消えると大人は大慌てで探し、探して見つかるとホッとされます。
見つからないと見つかるまで探そうとされますよね。
見つかるというのは「自分の目に子どもの情報が入る」ということで、逆に言えば「見守れていなかった=目の情報に入れていなかった」ということで、その結果としてこういうことが起こるわけです。
では、同じ子どもを公園からプールに場所を移すとどうでしょうか。
親は、公園で遊ぶ時と同じ「見守りの距離」で子どもを見守っているかと言えばそんなことはなく、かなり距離を縮めて、見守りではなく付き添っていることでしょう。
もっと年齢が高くなると、親は子どもたちだけで公園に遊びに行くことに許可を出し、年齢にもよりますがプールだって子どもたちだけで行くことに許可を出しますが、プールは許可しても同じ水場である川や海に行くことに許可を出すかと言えば、そうならないのではないでしょうか。
当然、プールよりは川や海はリスクが高いと判断するでしょうから、同じようには取り扱わないでしょう。
又、「大丈夫」と思って許可したことも、事故などアクシデントを経験すると慎重になり、子どもたちだけで行くことを不許可して「親が一緒なら」となるのではないでしょうか。
つまり、親は子どもに対して「付添」と「見守り」と「同体化」という三つの支援形態を「子どもの状態」や「おかれる環境」によって使い分けしているということです。
ではなぜ、大人は大人に対しては支援しませんが、子どもに対しては三つの支援形態を駆使するのでしょうか。
ある研修会で「子どもは大人と同じことができないのはなぜでしょう」というお題でグループワークをしたことがありますが、
どのチームからも出てきた答えは「子どもだから」「経験がないから」ということでした。
仮にそうだとしたら、大人であり経験がある高齢者には支援が不要ということになってしまいますね。
つまり、「子どもだから」は、「子どもは大人ほどに脳も身体も達していないし経験もないから支援が必要」ということで、
その視点から考えれば当然のように「脳や身体の能力が衰退した大人にも支援が必要」ということになります。
大人にも能力や環境に応じたふたつの支援形態が必要
僕が20歳代の頃は溢れるほどの体力があり登山をしていましたが、登山経験の少ない僕の傍には経験豊富な先輩が傍らに付いてくれていました。
ただし、山歩きの間四六時中くっついているわけではなく、距離を縮めて付いてくれるのは危険度が高い場所で、何度か登山を経験するとほったらかされていました。
僕の登山力を見極められていたということです。
ここからは認知症の状態にある人の話をしますが、認知症の状態にある人は大人と呼ばれる年代です。
僕が出会った一番若い方で39歳ですからね。
ただ、年齢的に大人ではありますが、脳に病気があり脳のチカラが衰退している状態にあり、「いつ・どこで・何が起こるかわからない状態」とも言えます。
昨日までできていたことやわかっていたことが、できなくなり・わからなくなり自力での行動が難しくなってきますが、
いつも通り自宅を出て会社に向かうことはできているのに途中で「どう行けばいいかわからなくなる」というように、いきなり何もできなくなる・わからなくなるわけではないようで、
支援する者は「できない人・わからない人扱い」して家から外に出さないようにするのであれば別ですが、「何ができないか・わからないか」を知ることが必要となります。
その意味では、先述した「子育て期に子どもの状態を知って・環境を見極めて三つの支援形態(さすがに同体化はないかな)を駆使する」のと基本的には同じことで、
「基本的に」というのは、認知症の状態にある人は子どもと違って「経験をもっている」ので、子どもにはない行動(例えば車を運転しようとするなど)をとろうとする違いがあるからです。
ふたつの支援策も「人への関心があればこそ実る」
公園で見守っている親が子どもを見失わないで済んでいるとしたら、それは常に子どもへの関心があるからで、
関心がなければ見ようとしないため、当然見失う結果を招く確率は上がるでしょう。
僕も我がちびっ子を、人が多い新千歳空港で見失ったことがあり「連れ去られた?」と肝を冷やした経験がありますが、
それは子どもへの関心よりもお土産への関心が強かった結果でした。
又、早くから認知症の状態にある方がいなくなった時のために「市民によるネットワーク」を構築して捜索訓練まで実施していた市の中心人物の方が言っていましたが、
訓練をやったあとに捜索しきれなかったことがあり、その原因は「何をやっても結局、人に関心がないと見つけ出せない」と言っていましたもんね。
僕の経験でも、
職員がトメさん(仮名)と一緒に外出していた先でトメさんを見失い、ずっと走り回って探しましたが探しきれずにいたところ、夜遅く警察から「○区○町○番地○○というスナックで保護されている」と連絡を受けてスナックへお迎えに行った際に聞いたのは
「こんな時間に高齢者が歩いているので声を掛けたら何となく様子が変だったのでお店に連れてきて警察に電話したのよ」と「人に対して関心のある人」の言葉でした。
僕もこれまで数名の方に声をかけさせていただき、いわゆる「保護」させていただきましたが、
僕はもともと歩いているときも車に乗って運転しているときでも「キョロキョロしているタイプ」であり仕事柄「オヤッ」と思えるためですが、人や街に関心をもつタイプでもあるからでしょう。
見守っているは「見ている」ということであり、
見守られているは「見られている」とも言え、
講演会の最後に「結局は、皆さんがどんな街を望んでいるか、どんな暮らしを望んでいるかで決まるのですが、人が人に関心を寄せ合う街はうっとうしい街とも言え、どうするかは住民の皆さん次第ですね」と結ばせていただきました。
高校生の質問にお応えさせていただきます(今回は記事の量が多くなったので1問です)
Q:和田さんがストレスがたまったとき、悲しいときに、発散する方法、もち直す方法を教えてください
又、僕はストレスにも簡単に言えば「悪玉」と「善玉」があると考えていて、
質問者が言うストレスは僕が思う「悪玉ストレス」だと思いますので、そちらへの回答とさせていただきます。
多分、僕は「自分のことが大好きな我が・まま人間」で「自分の好きなことをする生き方」なので、
ストレスを他人に与えることは多々あっても自分はストレスを感じないタイプなんだと思いますが、全くストレスを感じないと言うのはウソになるかな。
ストレスかどうかは「?」ですが「自分のことが嫌になる」ことは多々ありますね。
最近のことで言えば、自宅を出るとき財布を忘れ、車で走り出したあと忘れたことに気づいて取りに戻り、財布をもって車に乗り込むと車の鍵がなく、再び自宅に戻って鍵を探すのですが、
どこに置いたか思い出せず探し回っている自分のことを「ほんと、イヤ!」ってなりイラつくことがあります。
でも、近くのコンビニによって大好きなコーヒーを飲む頃にはおさまっていますね。
又、コンビニでコーヒーを買って車に戻り、コートのポケットから鍵を出そうとしたときにコーヒーパックのふたをしっかり閉めていなかったため(閉めたつもりでいた)コーヒーをこぼしてしまい、
それが鞄の中に入ってしまい薄茶色に汚れてしまったのですが「ハーッ!」と大きなため息が出て、自分の愚かさに悲しくなり自分を責めましたね(でも、もう一杯買って飲みましたわ)。
コーヒーを車の屋根に置いたまま走り出したこともありました(コーヒーが屋根上でひっくり返った音で思い出しました)。
しかも、こういうことは年齢が高くなったから出現した出来事ではなく若い頃よくあったことで「自分と付き合うのが最も大変なこと」だと思った時期もありました。
ストレス発散の話ではありませんが、新型コロナウイルス感染症で非常事態が出され、解除直後仕事のために上京するときに家族が感染を心配して電車での移動を止めて以降ずっと名古屋の自宅から東京の職場まで(往復760キロほど)の移動はクルマになりました(毎月広島にも行っているので月3,000キロほど走っています)。
合わせて、スケジュールが詰んでいなければ陸続きの場所なら鹿児島でも青森でも車で移動していて、よく「大変ですね」と言われますが、
「一人が大好きで・一人じゃ寂しくていられない僕」の「ひとりだけの時間」は唯一車での移動時ですから、大声で歌ったり、景色を堪能したり(特に雲が大好きです)、ドライビングを楽しんだりと「とっても豊かなひととき」になっています。
追伸
健達ねっとでブログを投稿しているタイで高齢者(入居)施設を運営している土橋さんが、部屋やリビングスペースの増築に伴う備品等を調達するためにクラウドファンディングで広く協力を呼びかけ、僕もこのブログで御紹介させていただきました。
多くの皆さんの共感を得ることができ、見事目標額を達成させることができました。
応援メッセージを書かせていただいた者として感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。







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