認知症

down compression

介護

down compression

健康

down compression

専門家コラム

down compression

連載マガジン

down compression

おすすめ書籍

down compression
健達ねっと>マガジン>羅針盤>三橋良博>戸惑いと不安だらけの手続き

戸惑いと不安だらけの手続き

退院の日、これからどうしたらよいのか先生に伺ったところ、「退院支援の相談室がありますから、そこで聞いてみてはどうですか」とすすめられ、さっそく向かいました。

相談室に行くと冊子を渡され、説明を受けました。

「介護保険のサービスは通常65歳からですが、特定疾病の場合は40〜64歳でも認定を受ければ利用できます。若年性認知症は特定疾病に含まれますので、役所で申請をしてみてください」と言われました。

妻は、当時52歳。同い年の僕は、介護保険についてほとんど知識がありませんでした。

給料から保険料が引かれていることは知っていても、「年をとったら使うもの」くらいの理解しかありませんでした。

 

妻53歳、要支援

後日、役所へ行き受付でどの窓口に行けばよいのか尋ねました。

「高齢・障害支援担当の窓口になります」

「妻は52歳で高齢者ではないのですが…」

「介護保険はそちらで伺っています」

そんなやり取りを経て窓口へ向かいました。

 

担当の方はとても丁寧に説明してくれましたが、要介護認定、主治医意見書、ケアマネジャー、ケアプランなど…はじめて耳にする言葉が多く、戸惑うばかりでした。

それでも教えていただきながら、何とか申請を済ませました。

 

申請から1か月ほど経った頃、認定調査のために調査員の方が自宅に来ました。

しかし、妻は自分の病気を受け入れられず、家に引きこもっていた時期だったこともあり、

質問には一言も答えず、黙ったまま認定調査を終えました。

調査員が帰ったあと、「なんであんな人が来たの!」と強い怒りを僕にぶつけてきました。

 

2006年、妻53歳。要支援の認定が出ました(当時は要支援1・2の区分なし)。

 

すぐに介護支援事業所へ行き、ケアマネジャーと契約をしたかったのですが、

妻の中には、認定調査のときに嫌な気持ちになった印象が強く残っていたため、

他人が家に入って、僕以外の人に支援されることに強い拒否反応がありました。

 

その話をするだけで、体調が悪くなってしまうほどでした。

最近は少し体調がよく、ときどき外出もできるようになっていたので、しばらく様子を見ることにしました。

 

一緒に前を向くために

それから2か月ほど経った頃、中学校のクラス会に参加しました。

友人たちと親の介護の話で盛り上がる中、僕が妻の介護をしていると話すとみんな驚き、

「認定を受けているなら、すぐにケアマネジャーと契約した方がいい」

「全部自分で背負うと大変なことになる」

「手助けをしてもらった方がいい」

と口々に言われました。

 

その後、同級生の一人から何度も電話をもらいました。

彼自身も親の介護で苦労しているとのことで「いま担当してもらっているケアマネジャーは、元看護婦長で親身になってくれる人だから紹介するよ」と言ってくれました。

後日そのケアマネジャーから連絡があり、契約の前に一度訪問したいとのことで、来てもらうことになりました。

当日の朝に電話があり、「14時頃に伺います」とのこと。

 

昼食をつくり、一緒に食べながら妻にそれとなく伝えると、

案の定、顔が急に曇り、「なんで…」とつぶやき、

気持ち悪いと言って寝てしまいました。

 

チャイムが鳴り、玄関に出ると、年配の優しそうな方が立っていて少し安心しました。

妻を起こし、3人で話をしました。

妻は下を向いたままほとんど話をしませんでしたが、ベテランのケアマネジャーが上手に話題を振ってくれたことで、少し笑顔になっていました。

 

妻は、外出もほとんどなく近所や友人、ほかの人と話す機会もありません。

そのため、ケアマネジャーからは、デイサービスをすすめられました。

 

契約を交わし、これからデイサービスの利用がスタートします。

ただ、妻がどれくらい前向きになってくれるのか、不安も残っています。

 

三橋 良博 さん

認知症の家族と暮らし、現在も71歳の奥様の介護をしている三橋良博さん。奥様が52歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断され約19年。夫婦二人三脚で歩んできた軌跡を紹介します。