
タイ・チェンライで介護施設「ひだまりホーム」を運営しているツッチーです。
去年の年末、一人の入居者さんがひだまりホームにやってきました。
寝たきりで、褥瘡(じょくそう)があり、鼻からは経鼻チューブ。
そして両手には、ミトンがはめられていました。
病院では「抜去防止」のために、自由を奪うミトン。
でも、ここは病院じゃない。
ここは、その人の「生活の場」です。
そう思うと、どうしてもそのミトンをそのままにしておくことはできませんでした。
病院からくるタイの方の多くは、褥瘡だらけで、チューブを入れられ、ミトンで拘束されています。
病院では、ほとんどベッドから起き上がることなく過ごしてきたのだろうと想像して胸が痛みます。
僕の心の中には「なんとかして、このミトンを外せないか」という強い思いがありました。
とはいえ、簡単なことではありません。
「でも、まずはみんなで考えよう」 そうスタッフに伝えると、現地のナースを中心に、若いケアスタッフたちも本当に真剣に向き合ってくれました。
そして、なんと入居して3日目。
ミトンを外すことができたんです。
早い!
僕自身も驚くほどのスピードでした。
スタッフたちの顔が、パッと明るくなりました。
次にナースから出てきた言葉は、さらに前向きなものでした。
「もしかして……少しずつなら、口から食べられるかも?」
さすがにそこまでは急には難しいかもしれない。
そう思いながらも、慎重に様子を見ながら試してみることにしました。
すると入居して1週間ほどで、チューブも併用しながらではありますが、口からごはんを食べられるようになったんです。
最初はほとんど反応がなかったその方が、
こちらの問いかけに頷いてくれる。
YES・NOを伝えてくれる。
少しずつ、その方の「身体」と「表情」が、生活の場に戻ってきている。
「次は、車いすに座る時間を増やそう!」
「褥瘡も少しずつ治ってきたね!」
僕も、ナースも、ケアスタッフも。
みんなで同じ方向を向いて、一人の人間が「生活」を取り戻していく姿に、確かな手応えを感じていました。
なにより、短期間でみんなが一つになれたことが、本当に嬉しかった。
ところが……。
ご家族にその変化を伝えたとき、返ってきたのは喜びではなく、むしろ困惑しているような表情でした。
そのときは理由がよく分かりませんでした。
でも、あとになって気づきました。
もしかすると、ご家族は「年内に亡くなる」と思っていたのではないか。
思えば、着替えや栄養剤など、生活に必要なものを用意してくれなかったのも、そういう事情だったのかもしれません。
年内分の費用は払ってくれました。
でも年明けからの費用は、結局、払われませんでした。
スタッフみんなで、この方が少しでも普通の生活に戻れるようにと頑張っていました。
そして成果が出れば出るほど、ご家族は困惑を深めているようでした。
結局、その方は日中に車いすで過ごせるところまで回復したところで、ひだまりホームを出ることになりました。
最後は救急車で、いったん病院へ。
おそらくまたチューブが入り、またミトンをはめられ、褥瘡ができるのでしょう……。
その先がどうなったのかは、分かりません。
悔しかったです。
せっかく、人間としての生活を取り戻しかけていたのに。
強烈に実感しました。
「お金」という現実が、その人の生きる時間を決めてしまうことがある。
悔しいですが、それが今の僕たちの前に横たわっている現実なのだと。
制度が十分でない環境では、その事実がより直接的に、残酷にのしかかってきます。
でも、僕はこうも思うんです。
ひだまりホームで過ごしたあの3週間。
その方は間違いなく、
ミトンのない自由な手で過ごしました。
自分の口で、ごはんを味わいました。
自分の意志で、僕たちに頷いてくれました。
あの時間は、本物だった。
僕は、あの短い時間にこそ、深い意味があったと信じています。
ひだまりホームは、どんなに厳しい現実があっても、 最後まで「生活」をあきらめない場所でありたい。
今回は、決してハッピーエンドではないかもしれません。
それでも僕は、これからも目の前の「活きる力」を、 スタッフと一緒に信じ続けていこうと思います。








