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記憶は現状に合わせて書き変わる

 

ある施設でのこと、80代の芳子さんに声をかけると、年齢を感じさせないほどのスピードでベッドから起き上がってくれました。しかし次の瞬間、芳子さんから意外な言葉が出ました。「私、靴は履けないの」しかし、芳子さんの体の機能からは靴を自分で履けない理由は見つかりません。

私は「どうして履けないのですか?」と尋ねてみたところ、「足がね・・」、「いや、腰がね、曲がらないんです」と答えてくれました。少し疑問を感じた私はさらに、「家では(元気な時は)どうしていたのですか?」とお聞きすると、「誰かに履かせてもらっていました」と返ってきました。

“足も腰も十分に曲がるからこそ、あのスピードで起きられたはずなのに”、モヤモヤした気持ちは残りましたが、その場は過ぎていきました。

 

芳子さんは内科の病気があり、安静のためしばらくトイレを使用していなかったそうなのですが、その後、回復して介助は必要ですがトイレを使用するようになったそうです。その後、再び芳子さんにお会いする機会があり声をかけると、やはり以前と同じように素早くベッドから起き上がってこられます。

次の瞬間、またも意外な言葉が飛び出すのです。「私この頃ね、靴が履けるようになったの」と何事もなかったように、靴を自分で履いて見せてくれます。近くにいた職員も「すごいですね!」と感嘆の声をあげていました。

 

芳子さんのエピソードから分かることがあります。

病気で体調がおもわしくないとき、靴は介助で履かせてもらっていたと思います。つまり、自分ではやらなくなっていました。そして、自分でやらなくなった動作は“できない動作”として本人の記憶が書き変わってしまいます。

さらに、書き変えられた記憶に対して、「腰が曲がらないの」と辻褄が合うようにできない理由までも書き変わってしまうのだろうと思います。

 

でも、もっと大切なことも分かりました。靴のことはさておき、トイレを使用するようになるという他の部分で生活が拡大すると、靴が履けないという間違った記憶を、どこかに追いやることができるということです。

芳子さんの場合、足腰の関節の動きや筋力は大きく変わっていません。何より、靴を履く練習をしたわけでもありません。起き上がってきた流れで自然と手が靴に伸びていました。

 

本人ができないと思っている動作を、リハビリだ、練習だと急き立てずに、できそうな動作を自分でやるようにしていく、介護者や家族にはそんな心構えが必要です。