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トップページ>マガジン>羅針盤>山中しのぶ>認知症の診断と私の絶望

認知症の診断と私の絶望

はじめまして

私は現在、高知県南国市在住の46歳、名前は山中しのぶといいます。家族構成は、主人46歳、長男蓮23歳、次男18歳、三男14歳、ブルドックのラリーです。私たちは何をするのも一緒です。だからこそ、たわいもない事で笑い、ときには本気で喧嘩をする日もあります。

つまり、仲良しってことです。

 

受診のきっかけ

2018年12月頃に、若年性アルツハイマー病をテーマにした恋愛ドラマを長男と見ていました。「かわいそうな主人公だなぁ」と涙を流して見ていましたが、最終回に近づくと長男から思いもよらないことを言われました。「おかぁ、この主人公に似てる。絶対同じ病気やき、病院へ行って」。

確かに、この頃からAmazonで身に覚えのない商品が届いたり、買い物に行くと同じものを買ってしまったりすることが増えていました。当時勤務していた会社でも、別の部署の社員の顔と名前が一致しなかったり、お客様とのアポイントを忘れたりも。

もしやと思った私は、実際に主人公と似ている症状を息子と確認しました。まず、冷蔵庫の中身。引き出しの中には、必要以上のレトルトカレーのストックがたくさん入っていました。また、買った記憶のない商品がいくつも入っていました。

 

2019年2月。母と一緒に診療所に行き、若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。帰りの車の中で、母から「こんな身体に産んでごめんね。お母さんやったらよかった、代わってあげたい」と言葉をかけましたが、私は「忘れられる方が辛いき、私がいい」と母に返し、2人で泣きました。

学生のときは、親に心配ばかりかけていて、やっと親孝行ができると思っていたのに。どうして私は、両親にいつまでも迷惑かけてばかり、40歳を超え、母を未だに泣かせている自分が情けなかったです。

 

第二の人生

若年性アルツハイマー型認知症と診断されてから、絶望期間もありましたが、認知症になっても安心して暮らせる地域をつくりたいと思い、2022年4月法人を設立しました。

名前は「セカンド・ストーリー」。法人名前の由来は、歌手のAIさんが歌っている「Story」の歌詞が好きだったので、息子 蓮に、「ストーリー」って名前にしたいと相談すると、「お母さんの第二の人生の始まりやき、セカンドっていれたら?」と言われたのが決め手でした。

 

ここからの活動が、認知症になってからの第二の人生の始まりです。2022年7月に、高知県希望大使に委嘱され、全国の仲間たちから認知症の偏見をなくす活動や、講演会などを依頼されるようになりました。

2022年10月には、誰も孤独を感じない「居場所」をつくりたいと思い、「でいさぁびす はっぴぃ」を経営し、そこでは、介護職員としても働いています。

「はっぴぃ」では、本人の声を聞いて、スタッフみんなでカタチにしていきます。もちろんそこには、本人の自己決定を大切にしているため、やらないという選択もあります。

 

これから始まる連載では、私の今日までの、ストーリーを書いていきます。なぜ、私がこうやって笑顔の私に戻ることができたのか。あと、認知症になる前の、私も紹介させてもらいます。

このストーリーを読んで、あなたの「セカンド・ストーリー」が始まるきっかけになったり、あなたが「今」あゆんでいる「セカンド・ストーリー」に少しでも希望を与えられたら幸いです。

山中 しのぶ さん

高知県在住。41歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された。認知症でも暮らしやすいまちをつくりたいと思い、一般社団法人セカンド・ストーリーを設立。令和4年には有償でボランティア活動を行うデイサービスを開所。