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トップページ>マガジン>羅針盤>三橋良博>明かされていく、妻の症状

明かされていく、妻の症状

妻は44歳から8年間、52歳までうつ病と診断されましたが一向に良くなりませんでした。最後に行った心療内科で、認知症の疑いと診断され、紹介状、MRI画像を持って大学病院の精神科へ行きました。

医師はしばらく画像を見てから、うつ病の症状を聞くより先に、妻にいろいろな質問を始めました。

「今日は何月何日ですか?」「お歳はおいくつですか? 生年月日を教えてください」「猫、電車、桜、後で聞きますから覚えておいてください」「簡単な引き算、野菜の名前をできるだけ言ってください」
どれも普通に答えることができませんでした。

日にち、生年月日は言えず、野菜は人参ときゅうりだけ。普段の生活の中で、物忘れ、記憶力が悪いというのは感じていたけど、目の前で繰り返される異常な応答を見ていると、僕自身頭の中が真っ白になる感じでした。

 

正しい診断と新しい絶望

質問と診察が終わって、医師から「では、ご主人に少しお話がありますので奥さんは少しの間待合室で待っていただけますか」と話があり、妻は看護師さんに付き添われ、診察室から出ていきました。

医師から画像を見ながら説明がありました。
「脳のこの部分が記憶の中枢、海馬と言うところです。ここにわずかに萎縮が見られます。今、長谷川式認知症スケールを使って認知症の検査をしました。これは30点満点で20点以下が認知症の疑いになります。奥様は14点でした。すでに中程度まで進行をしている、若年性アルツハイマー型認知症でしょう」と言われました。

 

現実は待ってはくれない

認知症! なにそれ!僕は妻と同じ52歳です。52歳の僕は、当時認知症の知識はまったくありませんでした。高齢の方がかかる病気で、何もわからなくなってしまうものだと思っていました。「なんでそんな病気になるの!」という驚きだけしかありませんでした。

医師から、脳は回復することはなく、これからは脳の萎縮の進行を遅らせる薬の投与が始まると話がありました。それから、介護保険の申請、ケア施設でのリハビリ・・・そのような説明がありました。説明を聞いていても僕は、ぼーっとして医師の言葉が頭の中で空回りしていました。

診察室を出ると、妻が心配そうな顔をしてこちらに寄ってきます。「どうだったの? 先生に何て言われたの?」「大丈夫だよ。心配ないよ」と返事をしましたが、笑顔は出せず、妻にそう言うのが精いっぱい。

帰りの車の中で、現実が目の前に迫ってくる。これからどうすれば良いのか。進行したら妻はどうなるんだろう、今は物忘れだけだけど、重い認知症の症状が出てくるのか。心配だ。不安だ。そんなことを頭の中で駆け巡らせながら運転をしていました。

2005年3月22日、現在から約18年前。僕の妻が、認知症と診断された日です。

 

三橋 良博 さん

認知症の家族と暮らし、現在も71歳の奥様の介護をしている三橋良博さん。奥様が52歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断され約19年。夫婦二人三脚で歩んできた軌跡を紹介します。