あらすじ
香港の典型的な家族を切り盛りするメイは、40代のキャリアウーマン。
愛する夫と一人息子に囲まれながら、貿易会社の部長として働いている。
しかしある日、義父がアルツハイマー病と診断される。
仕事と家事、そして義父の介護に追われるメイ。
献身的に義父の世話をする彼女だが、次第に心身ともに疲弊していく。
特徴・見どころ
本作『女人、四十。』は、香港ニューウェーブを代表する巨匠アン・ホイ監督が、1995年に発表した傑作ヒューマンドラマです。
第45回ベルリン国際映画祭で、主演のジョセフィン・シャオが最優秀主演女優賞(銀熊賞)を受賞したことでも知られています。
タイトルにある「四十」とは、まさに仕事も家庭も忙しい盛りの40代のこと。
本作は、現代の日本でも大きな課題となっている介護と仕事の両立というテーマを、90年代の香港を舞台に、いち早く、そして驚くほど鮮やかに描き出しています。
40代、働き盛りの女性を襲う「介護」の現実
主人公のシンの家庭は、共働きの夫婦と息子、そして認知症の義父という構成です。
シンは、会社では責任ある仕事を任され、家では家事をこなし、まさに目が回るような忙しさの中にいます。
そんな彼女の日常に、アルツハイマー型認知症を患った義父の介護が重くのしかかります。
義父は、かつては空軍のパイロットとして鳴らした厳格な人物でしたが、病によって徐々に記憶を失い、まるで子どものような予測不能な行動をとるようになります。
徘徊、妄想、失禁。
次々と起こるトラブルに、シンは翻弄され、介護ストレスは限界に達します。
「なぜ私だけがこんな目に?」というシンの叫びは、国境や時代を超えて、現代の多くの介護者の共感を呼ぶことでしょう。
厳格な義父が「子供」に戻るとき
しかし、本作が素晴らしいのは、介護の苦労をただ暗く、辛いものとして描くだけでは終わらない点です。
アン・ホイ監督は、深刻な状況の中にも、ユーモアと温かい視点を忘れません。
認知症になった義父は、確かに手のかかる存在ですが、同時に、厳格さの裏に隠れていた無邪気さや、かつてのロマンチックな一面を覗かせます。
例えば、以下のようなシーンが印象的に描かれます。
- 鳥を追いかけて迷子になる姿
- かつての戦友との記憶に浸る瞬間
- 嫁であるシンを、亡き妻と間違えて甘える様子
そんな義父と向き合う中で、シンは怒りや呆れを感じながらも、不思議と彼を放っておけない愛情を感じ始めます。
介護を通して、かつては分かり合えなかった嫁と舅の間に、新たな絆が芽生えていくのです。
泣き笑いの中に光る、人生の愛おしさ
本作は、認知症になっても変わらない「人としての尊厳」とは何かを問いかけます。
義父が見る幻影や、彼の中にある美しい記憶の世界。
それを否定せず、受け入れるシンの姿は、介護の理想的な在り方の一つを示唆しています。
大変な毎日に、思わず笑ってしまう瞬間があり、ふと涙する瞬間がある。
軽妙なタッチの中に、深い人間愛と、人生を肯定する力が溢れています。
介護に疲れた時、ふっと肩の荷を下ろし、「明日もまた頑張ろう」と思わせてくれる、温かい名作です。









