可能な限り自分のことはご自分で行ってもらいたい、それは介護に携わる者の偽らざる思いです。
一方で施設などでは、本当はできるとわかっていながら他の業務に追われ、つい介護者のペースで介助してしまっていることも多々あります。
しかし、その何気ない介助によって、できる動作であっても繰り返し介助してしまうと、そのうち介助が必要な動作という認識になってしまいやすいようです。
また、介助される本人も介助してもらうという状況の中で、自分でできる動作なのか、あるいはできない動作なのか曖昧になっていきます。
そうして、できる動作はやっていない動作へと変化し、やっていない動作はできない動作へと置き換わっていきます。
もとを辿るとそこには“本当はできるとわかっていながら”という介護者の当初の認識があったはずです。
でも、どうしてその大切な認識が、できない動作へと変わってしまうのでしょうか。
何気ない介助、それが重要なキーワードです。
例えば車椅子からベッドへの乗り移りの動作を例に考えてみます。
介護者は本人が動作しやすいようにと、車椅子をベッド脇に位置を調整します。
次に車椅子から立ち上がりやすいようにと、手すりなどつかむ場所を指示します、次に・・・しやすいようにと。
このように、本人がしやすいようにという配慮は、実は本人が選択して本人から動くという当たり前の生活動作を他人に決められ従うものに変えてしまうのです。
したがって、介助する人、される人という構図ができあがり、できる動作もできない動作へと変わっていくきっかけを介護者自身が作っているという残念な結果を招くのです。
そうであれば、この流れをただ逆にすれば良いのです。
車椅子の位置を本人に決めてもらう、その流れで次に、立ち上がるためにつかまる場所も本人の選択に任せてみる。
動作はロボットのように、動きを分割して継いだものではなく、一連の流れのようなものです。
ですから、最初の流れを本人に作りだしてもらう、単純に言えば本人が選択して動き出してもらうことが、その人自身の動作になるわけです。
介助が必要であったとしても、その人自身の動作として見ることができれば、必要以上の介助をしない、ひいては、自分のことはご自分で行ってもらいたいという、介護者の思いに合致する介助を行うことができます。


