費用負担が大きい認知症介護。
今後の介護費用や施設入居費を捻出するために、ご本人が所有する不動産の売却を検討している方も多いのではないでしょうか。
しかし、「認知症になったら不動産は売れないのでは?」という不安の声もよく聞かれます。
実際のところ、認知症の方ご自身は不動産売買できるのでしょうか?
本記事では、認知症の方の不動産売買について以下の点を中心にご紹介します。
- 認知症の方は不動産売買できるのか
- 認知症と委任状の効力
- 認知症の方の不動産を売買する方法(成年後見制度・家族信託)
スムーズに不動産売買を進めるためにも、ぜひご参考になさってください。

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認知症の方の不動産売買

認知症と診断された方は、通常通り不動産売買できるのでしょうか?
結論として、不動産売買自体は可能です。
しかし、契約の有効性は、ご本人の「意思能力」の有無によって大きく変わります。
意思能力とは?
民法では以下のように規定されています。
つまり、裁判所などが「契約時点で所有者が意思能力を欠いていた」と判断した場合、その不動産売買契約は無効となり、法律上の効力を生じません。
意思能力の有無は、一概に「認知症の診断があるかどうか」だけで決まるものではありません。
裁判所は、一般的に以下の要素を総合的に考慮して判断します。
- 当事者の年齢
- 認知症の程度(長谷川式スケールなどの検査結果など)
- 契約の動機や背景
- 内容の重要性や難易度
- 結果を認識できたかどうか
たとえ医学上認知症と診断されていても、軽度であり、契約の意味や結果を十分に理解できていると認められれば、契約が有効となる場合もあります。
逆に、契約が無効となれば、金銭のやり取りや所有権の移転もすべて白紙に戻さなければならず、トラブルの原因となります。
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不動産売買における認知症患者の委任状の効力

本人が病気やケガなどで手続きに行けない場合、通常は「委任状」を作成して代理人に手続きを依頼します。
では、認知症の場合も委任状があれば大丈夫なのでしょうか?
ここでも重要なのが「意思能力」です。
委任状が有効であるためには、「本人が意思能力を有した状態で、自らの意思で代理権を与えていること」が大前提となります。
したがって、すでに認知症が進行し、意思能力を欠いている方が作成した(あるいは署名だけさせられた)委任状は、たとえ代理人が親族であっても法的には認められません。
代理人を立てて不動産売買を行えるのは、あくまでも本人の判断能力に問題がない場合に限られます。
もし、すでに判断能力が低下してしまっている場合は、委任状ではなく「成年後見制度」の利用を検討する必要があります。
認知症の方の不動産を売買する方法(成年後見制度)

成年後見制度とは、認知症や知的障害、精神障害などにより判断能力が不十分になった方を支援し、その方の権利や財産を守るための制度です。
この制度を利用する目的は、単に本人の損害を防ぐだけではありません。
不動産売買においては、成年後見人が代理人として正式に契約を行うことで、「契約が無効になるリスク」を回避し、安心して取引を進められるというメリットがあります。
成年後見制度には、大きく分けて「任意後見制度」と「法定後見制度」の2種類があります。
任意後見制度
「将来、判断能力が低下した時に備えて、あらかじめ自分で後見人を決めておく」制度です。
本人がまだ元気なうちに、信頼できる人(家族や専門家など)と任意後見契約を結びます。
- 契約方法:公正証書で契約する必要があります。
- 特徴:自分の信頼する人を指名でき、支援の内容も契約で自由に決められます。
法定後見制度
「すでに判断能力が低下している場合に、家庭裁判所が適切な支援者を選ぶ」制度です。
判断能力の程度に応じて、以下の3つの類型に分かれます。
| 類型 | 判断能力の目安 | 支援者の名称 |
| 後見 | 判断能力が欠けているのが通常の状態 | 成年後見人 |
| 保佐 | 判断能力が著しく不十分 | 保佐人 |
| 補助 | 判断能力が不十分 | 補助人 |
不動産売買のためにこの制度を利用する場合、本人の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てを行います。
申立ての際、親族などを後見人の候補者として挙げることはできますが、必ずしもその通りになるとは限りません。
財産額が大きい場合や親族間で意見の対立がある場合などは、弁護士や司法書士などの専門職が選任されるケースも多くあります。
認知症の方の不動産売買で活用したい「家族信託」

近年、成年後見制度に代わる新たな財産管理の方法として注目されているのが「家族信託」です。
家族信託とは?
保有する不動産や預貯金などの資産を、信頼できる家族に託し、管理・処分を任せる仕組みです。
認知症対策だけでなく、二次相続以降の財産承継や、事業承継など、本人の希望に応じた幅広い目的で利用できるのが特徴です。
家族に管理を任せるため、信託銀行などのプロに依頼する場合と比べて高額な報酬が発生しにくく、比較的利用しやすい制度と言えます。
家族信託のメリット・デメリット
【メリット】
- 柔軟な財産管理: 成年後見制度よりも、本人の希望や家族の事情に合わせた柔軟な管理・処分が可能です。
- 認知症対策: 親が元気なうちに契約しておくことで、将来認知症になっても資産凍結を防げます。
- 遺言機能: 自分が亡くなった後の財産の承継先を指定できます。
- 後継ぎ遺贈型の機能: 「妻に相続させ、妻が亡くなったら長男へ」といったように、数代先の承継先まで指定できます。
- 倒産隔離機能: 委託者(親)や受託者(子)が将来破産しても、信託財産は差し押さえの対象になりません。
【デメリット】
- 身上監護権がない: 成年後見制度とは異なり、施設入所契約などの法律行為を代理する権限(身上監護権)はありません。
- 受託者の負担: 財産を管理する受託者には、帳簿作成などの事務負担や責任が生じます。
- 節税効果は限定的: 家族信託そのものに相続税などの節税効果はありません。
家族信託を利用する際の注意点
【信託できる財産】
基本的に財産的価値のあるものが対象です。
以下のようなものは信託できません。
- 借金などのマイナス財産(債務引受は可能)
- 連帯保証人の地位
- 生活保護受給権や年金受給権など、本人に専属する権利
【受託者の選定】
最も重要なのは、「信頼できるか」「本人の想いを理解してくれるか」です。
財産規模が大きい場合や管理が複雑な場合は、専門家である「信託監督人」などを付けることも検討しましょう。
成年後見制度との違い
| 成年後見制度 | 家族信託 | |
| 開始時期 | 判断能力低下後 | 判断能力があるうち |
| 支援者 | 家庭裁判所が選任 | 本人が契約で指定 |
| 柔軟性 | 本人の財産保護が最優先(柔軟性は低い) | 目的に応じて柔軟に設計可能 |
| 身上監護 | あり(施設契約など) | なし(財産管理のみ) |
法定後見制度による認知症患者の不動産売却の手続き

成年後見人が選任されたからといって、すぐに自由に不動産を売却できるわけではありません。
特に、本人が住んでいる(または過去に住んでいた)居住用不動産を売却する場合は、家庭裁判所の許可が必要です。
手続きの流れ
- 不動産相場の把握:
不動産会社に査定を依頼し、適正な価格を把握します。 - 媒介契約の締結:
不動産会社と媒介契約を結び、買い手を探します。 - 売買契約の締結:
買い手が見つかったら売買契約を結びますが、この際「家庭裁判所の許可が得られなかった場合は契約を白紙に戻す」という特約(停止条件)を付けるのが一般的です。 - 居住用不動産処分許可の申立て:
家庭裁判所に必要書類を提出し、売却の許可を求めます。 - 許可審判・決済・引き渡し:
裁判所の許可が下りたら、決済(代金の受け取り)を行い、所有権移転登記と引き渡しを行います。
必要な書類と審査のポイント
家庭裁判所への申立てには、申立書や不動産の全部事項証明書、売買契約書案、査定書などの書類が必要です。
裁判所は、主に以下のポイントを審査して許可を出すかどうかを判断します。
- 売却の必要性(生活費や施設費の確保など)
- 売却条件(金額が適正かなど)
- 本人の生活状況や帰宅の可能性がないか
- 売却後の代金管理方法
認知症の方が所有する不動産の名義変更

不動産を売買する際には、最終的に法務局で「所有権移転登記(名義変更)」を行う必要があります。
認知症の方が所有者である場合でも、成年後見人などが代理人となって手続きを進めれば、登記自体は可能です。
ただし、以下の点に注意が必要です。
- 登記原因の明確化: 売買、贈与、相続など、所有権が移転した原因を明確にする必要があります。
- 費用の発生: 登録免許税(固定資産税評価額に基づく)や、司法書士への報酬が発生します。
- 税金への注意:
- 贈与税: 親族間などで著しく低い価格で売買した場合、差額が「みなし贈与」として贈与税の対象となる可能性があります。
- 譲渡所得税: 購入時よりも高く売れた場合、利益に対して税金がかかります(居住用財産の3,000万円特別控除などの特例が使える場合もあります)。
まとめ:認知症の方の不動産売買

ここまで、認知症の方の不動産売買について解説してきました。
要点は以下の通りです。
- 認知症の方の不動産売買は可能だが、意思能力がない場合は無効になるリスクがある
- 判断能力が低下している場合、通常の委任状は法的効力を持たない
- 安全に売買するためには、「成年後見制度」の利用が一般的である
- 元気なうちであれば、「家族信託」や「任意後見」で柔軟な対策が可能である
不動産は大切な資産です。
トラブルを防ぎ、ご本人のこれからの生活を支えるためにも、専門家(司法書士、弁護士、税理士など)と相談しながら、慎重に進めていくことをおすすめします。
これらの情報が、少しでも皆様のお役に立てば幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。






