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未だ至れず認知症対応型にっぽん

好奇心が拓いた介護のリアル52「介護職で働くために身につけて欲しいこと」にコメントを寄せてくださった方から、
文中「通じるコトバが言葉に刺さりました」というコメントと共に「伝わらない人にはどう伝えますか」と言うご質問を受けましたので、

僕なりに「次回4月15日版でお応えさせていただきます」とコメントをお返しさせてもらいましたので書かせていただきますが、この質問は改めて考えると難しいお題でしたね。

というのも、ご質問は「伝わらない人には」とありますので、「自分の伝えようとしていることは相手に伝わること」と確信しているように思うのですが、実はそのことにこそ課題があるのかもしれないわけですよね。

例えばですが、黒色のマジックを「これは白色」と相手に一生懸命伝えようとする和田さんが「伝わらない」と言っていたとしたら、和田さんから「伝わらない人と言われている人のほうが正しい」ということになりますからね。

これを読んでくださった質問者の方へのお願いです。

もっと具体的に「このことについて、こうして・ああしてと言っても伝わらない」というように投げてもらっていいでしょうか。

 

認知症対応型行政施策へ

認知症の状態にあるトメさん(仮名)は一人暮らしですが、買物・友だち付き合い・モーニング喫茶など日常の「パターン化した行為・行動」はまだ問題なく行えており、友人の助けもあってたくましく暮らしています。

ただ、昨今の複雑な社会の仕組み化には追い付けないばかり、僕はとり残された感をもち、まだまだ「認知症対応型にっぽん」に至れていないなぁと思うばかりです。

というのも、役所から送りつけられる書類等は本人の状態に関係なく送られてくるのですが、
トメさんは送られてきた郵便物の受け取りはできても、それをしまい込んでしまって結果「届いてない状態」となり、大事なことまで置き去りになったままで、トメさんの生活に支障を及ぼしているからです。

トメさんは介護保険事業を利用しているのですから、介護保険事業所宛に行政関係の郵便物を送ってもらえるようになれば支障をきたすことはありませんが、
現住所に存在していることの証として現住所で本人が受け取らないといけないようなモノだと、結果「受け取れていない事態」が起こってしまうわけです。

これだけ「認知症」が社会的に取り上げられていて「共生社会を実現するための認知症基本法」まで施行した我が国において、行政絡みでこのようなことを招いているとしたら情けない限り。

何とかできないもんでしょうかね。

 

高校生からの質問にお応えします

Q:利用者の方にしてはいけないと思うことを教えてください

してはいけないことを逆から考えれば「最も大事にしないといけないことは何か」ということで、それはブログで何度も書いているかもしれませんが「どんな状態になろうが人としての価値は普遍だということ」に尽きると思います。

利用者に「酷い言葉を浴びせる・酷いことをする介護職」が僕の所属法人でも後を絶ちませんが、総じて言えることは「自分と同じ人間だとは思っていない」ように思えてなりません。

自分が人として生きていきたいのなら他人も人として生きていけるようにすることでしか成立しないことがわかっていないということになりますよね。

 

随分前にNHKで放送された「涙と笑いのハッピークラス」というドキュメント番組を見せてあげたいですね。

教師と小学四年生を1年間追いかけて製作した番組ですが、僕の法人では入職した方々の研修会で見ていただいていました。

質問者の出身校で見る機会を作っていただきましょうかね。

 

Q:長く介護にかかわってきて、どのように見方が変わりましたか

人が自力で暮らせなくなった時にかかわらせていただく職業のひとつに「介護職」がありますが、「介護」ってひとくくりにして語ってはいけない、ある時から思うようになりました。

介護保険制度における訪問介護事業がわかりやすいので例にしますが、訪問介護の介護報酬は「生活援助」と「身体介護」の二本立てになっています。

生活援助の基本は「してあげること=代行」で、掃除をしてあげる、ご飯をつくってあげる、買物してきてあげるといったようにです。

もうひとつの柱は「身体介護」なのですが、皆さんは「身体介護」から描くことに何がありますか。

きっと、「排せつ介助」「入浴介助」「移乗介助」といったように身体に直接触れることを描くことでしょう。

実はこの身体介護の中に「自立生活支援・重度化防止のための見守り的援助」というのも入っていて、ひとことで言えば「本人ができるように見守る・声をかける」といったことです。

 

介護保険法の目的に目をやると「利用者が有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるように」と謳っています。

つまり、その人の状態・おかれている状況に応じて「代行=代わりにやってあげる」から「本人ができるように支援する」ことまで又、入居系介護保険事業のように「利用者同士が助け合って生きていけるように支援する」ことまでをひっくるめて「介護」とすることは無理があると言うことですし、
多くの国民が「介護=してもらうこと」と思い、介護職の中にも「してあげること」と思い込んでいる人がいますが、そうではないと言うことですね。

コトバとしても「見守り的援助」となっていますからね。

僕は「介護」を使わないで「支援」を使いますが、
支援は「必要なことを、必要なときに、必要な分」で、その中に「介護」や「援助」も含まれていると考えているからです。

 

米航空宇宙局(NASA)が主導する国際月探査プロジェクト「アルテミス計画」の第二弾として打ち上げられた宇宙船オリオンに「自分の名前データ」を一緒に乗り込ませていただき月見旅行をする企画があり、知人から聞いて家族全員分申し込みました。

先日、ロケットが打ち上げられるのをテレビで見て「やったぁ 月見に行ける」ともろ手をあげて喜んだのもつかの間、チケットを眺め直すと、写真の「Chiki Kato」のところに「Yukio Kato」と打ち込むべきところを「Chiki Kato」と何故か打ち間違えていたことに気づき

「エーーーーーーーーーーーーッッッ!」

5人の家族は無事に行けたのですが、僕は置いてきぼりにされてしまいました。

教えてくれた知人にメールすると大笑いのメールが返ってきましたワ。

おっちょこちょいが治まりません、トホホです。

 

和田 行男 さん

1987年、日本国有鉄道から介護業界へ転身。1999年には、東京都初となる認知症高齢者グループホーム「こもれび」の施設長に就任した。淑徳大学客員教授。