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トップページ>マガジン>羅針盤>和田行男>思い出の「蒸気機関車」

思い出の「蒸気機関車」

学生時代、北は北海道から南は九州まで、全国各地の蒸気機関車に会いに出かけ、会っては写真に収めてきました。今でいう「撮り鉄」「乗り鉄」です。

そのルーツは、高知県と愛媛県の県境、四国山地の山奥にある村で産まれた僕ですが、幼児の時に高知市内へ下りて住んだ処が蒸気機関車の住処「機関区」の真裏だったようで、いつも蒸気機関車の姿を見、汽笛や排気の音を聞き、ガッシャンガッシャン動輪を動かす音を聞いていたからだと思っています。
人は産まれたときの脳は400グラム弱、三歳で倍らしいですから、三つ子の魂百までということなのでしょうか。

 

人の心や思いを運ぶ、「鉄の生物」

僕にとっての蒸気機関車の魅力は、「単なる鉄の造形物の蒸気機関車ですが、それに人がかかわり、栄養が入ると生物になる」ところです。

蒸気機関車の栄養源は「水と石炭」で、蒸気機関車には水や石炭を入れる場所が備えられており、機関区や駅などには水と石炭を補給する場所が設けられています。

蒸気機関車の原理は、石炭をボイラー内で燃やし、その熱で水を熱して蒸気を発生させ、その蒸気のチカラでピストンを動かし、動輪を動かし、蒸気機関車本体が動くという仕組みです。栄養(水と石炭)だけでは動くはずもなく、人のかかわりが欠かせません。
蒸気機関車をコントロールするのが「機関士」で、蒸気機関車に栄養を与え続けるのが「機関助士」の仕事ですが、息を合わせて最大約22メートル・重さ約150トンもの鉄の造形物を操ります。

生物と化した蒸気機関車は大きな力を発揮し、たくさんの荷物をA地点からB地点に運び、たくさんの人の移動を助けます。
運ぶ物は、人が暮らしていくうえで欠かせない物・豊かにする物であり、運ぶ人の中には、「大好きな人に会いに行く人」もいれば「危篤の知らせを受けて飛んで帰る人」もいるなどさまざまでしょう。

そうして、年齢も性別も職業も状況もすべてを受け入れ、平たん路だけではなく喘ぎながら峠を越え、晴天ばかりではなく雨風雪の日も、ひたすらA地点からB地点に向かおうとする蒸気機関車のひたむきな姿にとても魅かれていました。

 

人になるために人とかかわる

介護の仕事に就いたとき、この蒸気機関車を通した「ものの見方や考え方」が生きました。「人も同じ」だからです。
人は、蒸気機関車と違って産まれたときから単体でも息をすることができ生命を維持できますが、すぐには自力で栄養を摂り込むことができません。生き抜くためには人のかかわりと栄養補給が不可欠で「人は人のかかわりの中で人になれる」ということに気づきました。

つまり、「人は栄養だけでも、人のかかわりだけでも人にはなれない」ということです。
僕らの仕事に照らして言えば、栄養だけを入れる支援では人の姿を失うし、人のかかわりだけでも人の姿を失います。最期まで人として生きられるように支援するには「人のかかわり」と「栄養の摂り込み支援」の両方が最期まで必要だということです。

 

オムツを見るか、人を見るか

そういう風に考えると、いろいろなことが違って見えてきます。
例えば「排せつ支援」と「オムツ交換」の違いは何かについて考察してみれば、その違いに気づくことはできます。この仕事に就いてからずっと、自分が「オムツ交換屋」になっていないか自問してきました。

つまり、「オムツが汚れているからオムツを取り換える」ことを主とすれば、それは「オムツ交換」であり、人へのかかわりを通じて必要なことをするのが「排せつ支援」なのではないか、ということです。

わかりやすい言い方をすれば、オムツ交換者は「ヨネさん(利用者/仮名)、オムツ交換させていただきますね」とオムツに向かおうとしますが、排泄支援者は「ヨネさん、お元気ですか。寒くないですか? 今日は雨が降っていますから・・・。さて、オムツを見させていただいてもいいですか」と、まずはヨネさんに向き合おうとするでしょう。

僕が知る限りでは蒸気機関車を操る機関士たちも、乗車前にまずは蒸気機関車に「調子はどうだ」と語りかけていましたからね。

和田 行男 さん

1987年、日本国有鉄道から介護業界へ転身。1999年には、東京都初となる認知症高齢者グループホーム「こもれび」の施設長に就任した。