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あらすじ
90歳のゼブ・グットマンは、最愛の妻ルースが亡くなったことすら覚えていられないほど、認知症が進行していた。
ある日、車椅子の友人マックスからゼブは1通の手紙を託される。
二人はアウシュビッツ収容所の生存者で、大切な家族をナチスの兵士に殺されていた。
手紙には、身分を偽って今も生きているという兵士の情報が記されていた。
容疑者は4人。
体が不自由なマックスの思いも背負い、ゼブは復讐を決意する。
おぼろげな記憶と1通の手紙だけを頼りに、90歳の老人は単身旅に出る――。
特徴・見どころ
記憶が薄れていく中で、たった一つの使命を胸に旅に出る。
本作『手紙は憶えている』は、90歳の認知症の男性が、家族を奪ったナチスの兵士に復讐を誓うという、衝撃的な設定のサスペンス・スリラーです。
主演を務めるのは、『人生はビギナーズ』で史上最高齢のアカデミー助演男優賞に輝いた名優、クリストファー・プラマー。
彼が演じる主人公ゼヴの旅路は、観る者の記憶にも深く刻まれることでしょう。
監督は『スウィート・ヒアアフター』で知られるアトム・エゴヤン。
人間の記憶と正義という普遍的かつ重いテーマを、息をのむような緊張感と共に描き出します。
90歳の主人公を苛む「認知症」という現実
主人公のゼヴ・グットマンは、90歳。
最愛の妻ルースを亡くしたばかりで、自身も認知症を患い、記憶が曖昧になっています。
彼は現在、介護施設で静かな余生を送っていました。
しかし彼には、決して忘れることのできない過去がありました。
それは、アウシュヴィッツ収容所で家族全員を殺されたという、壮絶な記憶です。
ある日、同じ施設に入所する友人マックスから一通の手紙を託されます。
そこには、家族の仇であるナチスの兵士が、身分を偽って今も生きているという衝撃の事実と、復讐計画のすべてが記されていました。
ゼヴが頼りにできるのは、以下のものだけです。
- 友人のマックスが書いた「手紙」
- 途切れ途切れになる自らの「記憶」
- 封筒に入れられた「現金」
認知症により「今、自分が何をしているのか」さえ定かでない瞬間が訪れる中、ゼヴはたった一人、復讐の旅に出ることを決意します。
この「記憶が確実に失われていく」という設定こそが、本作のサスペンスを唯一無二のものにしています。
彼の行動は本当に「正義」の執行なのか、それとも認知症による混乱した行動なのか。
観客はゼヴの危うい一挙手一投足から目が離せなくなります。
記憶の曖昧さが問う「正義」と「人間の尊厳」
本作は、単なる復讐劇の枠を超え、「記憶とは何か」「正義とは何か」という根源的な問いを私たちに投げかけます。
もし、恐ろしい過去の記憶が薄れてしまったら、その罪は消えるのでしょうか。
あるいは、復讐を誓う心だけが残り、その理由を忘れてしまったとしたら、その行動をどう捉えるべきでしょうか。
ゼヴが旅の途中で出会う人々との対話や、思いがけない出来事の数々は、彼の失われた記憶の断片を刺激します。
しかし、それは必ずしも彼を助けるものばかりではありません。
認知症というフィルターを通して描かれる過去のトラウマと現在の行動は、非常に複雑な様相を呈します。
ゼヴが直面する困難な状況は、アルツハイマー病と性別の関係といった医学的な側面だけでなく、認知症当事者が抱える不安や孤独をもリアルに映し出しています。
アトム・エゴヤン監督は、この重いテーマを巧みなストーリーテリングで紡ぎ、観客を予測不能な展開へと引き込みます。
クリストファー・プラマーの魂を揺さぶる名演
本作の最大の魅力は、やはり主演クリストファー・プラマーの圧巻の演技にあります。
90歳という年齢、そして認知症という難しい役どころを、彼は圧倒的な存在感で演じきりました。
妻を亡くした直後の深い悲しみ。
記憶が混乱し、自分がどこにいるのか分からなくなる瞬間の怯え。
そして、手紙を読み返し、復讐という使命を思い出した時の鋭い眼光。
これらの複雑な感情が入り混じるゼヴという人物を、プラマーは繊細かつ力強く体現しています。
彼の表情や佇まい一つひとつが、ゼヴが背負ってきた70年もの歳月の重みと、今まさに失われつつある「自分自身」を懸命に繋ぎ止めようとする姿を物語っています。
この名優のキャリアの集大成とも言える演技がなければ、本作の持つ深い感動と衝撃は生まれなかったでしょう。
すべての謎が明らかになるラストシーンは、まさに衝撃の一言です。
それまで積み上げてきたゼヴの旅の意味が根底から覆されるような結末は、観終わった後も長く心に残り続けます。
本作は、極上のサスペンス・スリラーであると同時に、介護や老い、そして記憶と人間の尊厳について深く考えさせられる問題作です。
ゼヴを支えようとする友人マックスや、旅の途中で彼に関わる人々の姿は、要介護度の違いや、認知症の方とどう向き合っていくべきかという現実的な課題についても、私たちに多くの示唆を与えてくれます。
ぜひ、この記憶を巡る壮絶な旅の終着点を見届けてください。









