あらすじ
杭州市、富陽。大河・富春江が流れる美しい街だが、今は再開発の只中にある。
顧家の家長である年老いた母の誕生日を祝うため、4人の息子や親戚たちが集まる。
しかし祝宴の最中に母が脳卒中で倒れ、記憶を失ってしまう。
長男は母の介護に追われ、次男は事業の失敗で借金を抱え、三男は妻との関係に悩み、四男は恋人との結婚を控える。
変わりゆく中国社会の中で、それぞれの人生を懸命に生きる大家族の春夏秋冬が、富春江の流れとともに描かれる。
特徴・見どころ
本作『春江水暖』は、中国の若き天才、グー・シャオガン監督のデビュー作にして、カンヌ国際映画祭の批評家週間クロージング作品に選ばれ、世界中の映画関係者を驚嘆させた傑作です。
タイトルの通り、中国・杭州を流れる大河「富春江(ふしゅんこう)」のほとりを舞台に、ある大家族が直面する喜びと悲しみ、そして人生の移ろいを描いた、壮大な家族年代記です。
デビュー作とは思えない完成度と、スクリーンから溢れ出す詩情豊かな映像美は、観る者を一瞬にして物語の世界へと引き込みます。
スクリーンに広がる、動く「山水絵巻」
本作の最大の特徴は、その圧倒的な映像表現にあります。
グー・シャオガン監督は、中国の伝統的な絵画「山水画」の傑作『富春山居図』にインスピレーションを受け、映画全体を一つの長い絵巻物のように構成しました。
横移動の長回しを多用したカメラワークは、まるで観客が絵巻物をゆっくりと広げていくかのような、不思議で心地よい感覚を与えます。
悠久の時を流れる川、四季折々の美しい風景、そしてその中で営まれる人々のささやかな生活。
それらが途切れることなくスクリーンを流れ、150分という長尺であることを忘れさせるほどの、没入感のある芸術体験を提供してくれます。
老いた母の介護が、四兄弟の人生を交錯させる
美しい風景の中で描かれるのは、現代中国を生きる家族の切実なドラマです。
物語は、大家族の柱であった母親が還暦の祝宴の席で倒れ、脳卒中による記憶障害(認知症)を患うところから動き出します。
それまで独立して生きてきた四人の息子たちは、老いた母の介護を誰が担うのか、その費用や負担をどう分担するのかという、現実的な問題に直面します。
長男は店の経営と娘の結婚問題に悩み、次男は家の立ち退き問題に翻弄され、三男は借金を抱え、四男は自由な独身生活を謳歌している。
母の介護をきっかけに、それぞれの人生の悩みや兄弟間の確執が浮き彫りになり、家族の関係性が揺れ動いていきます。
その姿は、急激な経済発展を遂げる中国社会の縮図であり、同時に、どこの国の家族にも通じる普遍的な「家族の肖像」でもあります。
変わりゆく時代の中で、変わらないものを求めて
本作は、伝統と近代化の狭間で揺れる人々の心も丁寧に描いています。
再開発によって古い街並みが次々と壊され、高層ビルが立ち並ぶ現代の風景。
その一方で、変わらずに流れ続ける富春江と、記憶を失っていく母。
変化の激しい時代だからこそ、人々は拠り所となる「家族の絆」や「変わらないもの」を求め、葛藤します。
記憶を失った母が、川を眺めながらふと見せる表情。
それは、言葉では語り尽くせない人生の深淵を映し出しています。
現代の山水絵巻として描かれた本作は、介護と家族の絆、そして人生という川の流れを静かに見つめ直す、かけがえのない時間を与えてくれるでしょう。









