あらすじ
タイの第二の都市・チェンマイから数キロ離れた小さな村ファハムにある認知症介護ホーム「バーン・カムランチャイ」。
入所しているのは十数人のヨーロッパ人で、タイ人介護士のポムが1対1で介護をしている。
ポムはより良い生活を送るために、自分の子どもたちの近くにいることを犠牲にし、ここで働いている。
一方スイスでは、家族が認知症の母親に別れを告げ、彼女を遠い外国の見知らぬ人の手に渡すことを決意する。
苦渋に満ちたそれぞれの思い。残酷なようで、それは最大の愛でもある。
特徴・見どころ
もし、最愛の母親が認知症になったとき、「最高のケア」を受けさせるために、言葉も文化も違う遠く離れた異国へ送り出す決断ができるでしょうか。
本作『母との別れー残酷で最大の愛ー』は、タイにある認知症介護ホーム「バーン・カムランチャイ」を舞台に、ヨーロッパから海を渡ってきた認知症患者と、彼らを支えるタイ人介護士、そしてスイスに残された家族の葛藤を描いた、衝撃的かつ感動的なドキュメンタリーです。
一見すると「現代の姥捨て山」のようにも聞こえるこの設定。
しかし、カメラが映し出すのは、タイトルにある通り「残酷」に見えて、実は「最大の愛」かもしれないという、介護の新たな可能性と逆説的な真実です。
なぜ、スイスではなく「タイ」なのか
物語の背景にあるのは、福祉国家として知られるスイスの介護事情の限界です。
高額な費用がかかるにも関わらず、施設でのケアは効率が優先されがちです。
暴れるからといって大量の薬を投与されたり、ベッドに縛り付けられたりして、まるで「モノ」のように管理される現実。
「母をそんな場所に閉じ込めたくない」。
家族は苦渋の決断の末、タイのチェンマイにある認知症介護施設に母親を託すことを選びます。
「敬老」の精神が息づく、手厚いケア
タイには、仏教の教えに基づき、年長者を敬い、若者が当たり前のように高齢者の面倒を見る文化が根付いています。
この施設では、患者一人に対して、三人の介護士が24時間体制で付き添います。
言葉は通じなくても、介護士たちは常に笑顔でハグをし、手を握り、目を見て話しかけます。
スイスでは無表情だった母親が、タイの太陽と人の温もりに触れ、まるで少女のような笑顔を取り戻していく姿。
それは、薬や抑制帯では決して得られない、人間としての尊厳に満ちた輝きです。
「ここには、人間らしい時間が流れている」。
その光景は、効率化を求める先進国の介護が何を失ってしまったのかを、静かに突きつけます。
「幸せな最期」とは何かを問う
一方で、本作は家族の「痛み」からも目を背けません。
遠く離れた母を想い、「これは体好いい厄介払いではないか」と自問自答し、罪悪感に苛まれる家族。
しかし、母の笑顔を見たとき、彼らは自分たちの選択が「愛」であったことを信じようとします。
日本でも今後、高齢化はさらに加速し、介護施設での看取りや、質の高いケアをどう確保するかは切実な問題となります。
物理的な距離は近くても心が離れている介護と、距離は遠くても心が満たされる介護。
果たして、どちらが幸せなのでしょうか。
本作は、認知症介護施設選びにおける「正解」を提示するものではありません。
しかし、国境を越えたケアの現場を通して、私たちに「介護において本当に大切なものは何か」を深く考えさせる、示唆に富んだ作品です。









