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連載50回、そして2026年の幕開けに思う 時の流れと社会の進展

長渕剛直筆入りのタペストリー

2026年元旦

健達ねっと50の節目を2026年1月1日に迎えることができたのも何かのご縁でしょう。

今年もよろしくお願いいたします。

 

人とし人として

認知症の状態にある方から就職の応募をいただきました。

結果的にはご辞退され入社には至らなかったのですが、その方の状態から正規雇用させていただく方向で進めていただけに残念です。

 

この方の採用に当たり所管行政に「認知症の状態にあるとはいえ介護保険制度上定められた人員配置を充たす人員と考えて差し支えないでしょうか」と打診したところ、
「認知症を理由に人員配置を充たさないとする基準はない。しかしながら基準とは別にサービス提供や支援等に支障がある場合は、運営上適切かどうかは判断していただく必要がある。所轄内で、そのような事業所があることはよい兆しであると思います」とのご回答をいただきました。

行政からいただいたこのコメントに僕は大喜びしました。

つまり、「基準とは別にサービス提供や支援等に支障がある場合は、運営上適切かどうかを判断する」というのは、
認知症の状態にあるかどうかとは関係なく雇用したすべての者に共通することで、認知症の状態にある人が介護保険制度上「雇用したすべての者と同等になれた」ってことですからね。

これまで認知症の状態にある方を2名採用させていただきましたが「人員配置を充たすか否か」を行政に打診したことはなく、この度が初めてのチャレンジで「時の流れ・社会の進展」を感じました。

もちろん、行政が言う「認知症を理由に人員配置を充たさないとする基準はない」ことは重々承知していましたが、
どこか僕の中で「障害者雇用」という枠組みの中で納めてきたのも事実で、今回応募してきてくださった方との出会いで歩を進めることができました。

 

積み上げ

2017年「注文をまちがえる料理店」に取り組んだときは法人格がなく雇用契約を結べず謝礼金しかお渡しできませんでした。

2019年厚生労働省内のレストランで「注文をまちがえる料理店」を取り組んだ際には、一般社団法人注文をまちがえる料理店として法人格をもち、法人となったことで働いてくださる認知症の状態にある方々と雇用契約を結んで賃金をお支払いできました。

しかも、介護保険事業所に入所・入居されている方々もいましたので、介護保険事業所から通勤したってことになります。

 

1987年介護業界に入って初めて認知症の状態にある方にお会いし、その後「認知症の状態にあっても人として生きていけるようにする支援とは」を追求し続けてきました。

1999年老人福祉法に基づくグループホームで実践を開花させ、その時に描いた「認知症の状態になって介護保険事業所に転居したとしても労働者として復権し、就労して対価を得られる社会」を願って発信してきただけに、
それはそれで積み上げてきた結果として「時の流れ・社会の進展」を感じメチャクチャ嬉しかったのですが、この「人員配置基準を充たす」というのは「当たり前のこと」だけに僕にとっては破格の喜びです。

2026年幕開けの「健達ねっと」で、この歓びを皆さんにお伝えできるなんてめでたい限りです。

今年も回遊人和田行男、走り廻りまぁーす、お付き合いくだされば幸いです。

 

追伸

前号でご紹介した高校生からのご質問にお答えする「続編」です。

 

Q:遠出するときに備えていることはなんですか

遠出の「遠」を距離として・時間としてどこに定めるかですが、僕の生活で言えば名古屋に自宅があり、メインの仕事の拠点は東京で約370キロ離れています。

それとは別に毎月通っている所がありますが、そこは約460キロ離れていますので「遠出」と言って差し支えないかと思いますが、いかがでしょうかね。

 

遠出としてOKしていただいたものとして話を進めていきますが、距離に関係なく出かけるときに必ず備えている・持っていくものは「懐中電灯類」で、ハンド用とヘッド用と携帯電話にぶら下げている小型ライトの3種を状況に応じて携行しています。

また、移動はほぼ車なので車の中には「ダウンジャケットや毛布など防寒類、耐水性の高いカッパ、防水靴など」を装備しています。

寒い季節以外は何とかなりますが、車中滞在時の寒さや移動時の雨風は耐えられませんからね。
あとタオル類、軽く飲食物、ペーパー類は必ず常備しています。

 

子供のころから新聞配達少年だった僕は、朝早い時間帯が暗くて明かりがなくて困ったことや不安になったこともあり懐中電灯類を携行することを意識していましたが、
決定的に持ち歩くようになったのは1995年の阪神・淡路大震災以後で且つ、複数のライトと乾電池を持ち歩くようになったのは2011年の東日本大震災からです。
震災後は車にカセットコンロなどキャンプ用品も常備していました。

いきなり暗闇になると人は瞬間的にパニックになることを経験的に知っていますし、いきなりやってきた大地震を見聞き・体験したので「常備」するようになりました。

突然の真っ暗闇で目からの情報が途絶え瞬間的に脳がパニックに陥ったとしても、その直後から明かりが有れば・明かりさえあれば回復できますし、その後とれる行動が全然違ってきますからね。

 

また、東日本大震災で「計画停電」という停電が起こり、あちこちの店頭から懐中電灯と電池が消えたことも経験しました。

被災直後から仲間たちの力になりたくて災害支援のため活動しましたが、愛知県内はもちろん岐阜県、滋賀県、京都府、福井県あたりまで懐中電灯類・乾電池を買い求めて行動しました。
沖縄の仲間に買い集めてもらい送ってもらいました。

買いそろえた懐中電灯類を東京の仲間が勤めるグループホームに運んだときに見た「真っ暗闇のグループホーム」は衝撃的でしたよ。

皆さんには懐中電灯類を携行することをお勧めします。ぜひ!

 

Q:なぜ、調理や洗濯を利用者の方に手伝ってもらっているのですか

皆さんは、今、「いろいろなこと」ができているでしょうが、それも生まれついたときには全くできなかったことだらけですよね(以後、「いろいろなこと」を「調理や洗濯」と称します)。

全くできなかった皆さんが、いつの頃からか「調理や洗濯」が自力でできるようになりますね。
それを「自立した日常生活」と称することにします。

 

介護保険事業を利用される方や、介護保険事業所に転居せざるを得なくなった方々の圧倒的多数は「自立した日常生活」を営むことができていた方で、その方が疾病や加齢に伴い自力で営めなくなり介護保険制度を使うようになり、皆さんの支援を受けるようになるわけです。

介護保険制度には目的が二つあって、ひとつは「尊厳の保持」であり、ひとつは「有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるようにする」と謳われています。

つまり、自立した日常生活を営むことができていた人が、何らかの原因で営めなくなったときに介護保険制度による支援を受けるのですが、
支援する私たちが(介護保険事業従事者=介護職員など)が外しちゃいけないことは「生活(生きること)の主体は利用者である」ことと「利用者が生活の主体者として生きていけるようにする」ということです。

 

だから質問にある「調理や洗濯を利用者の方に手伝ってもらっている」という捉え方は正しくなく「利用者が調理や洗濯ができるように職員は支援する」ということです。

利用者に手伝ってもらっているという捉え方だと、本来「調理や洗濯」をするのは職員で、それを利用者に手伝ってもらっているということになりますもんね。

 

質問者が言う調理や洗濯は利用者自身が生きていくために必要なことで、
僕らが利用者(その人)の能力を見極めて、それに応じた支援を行い、利用者自身が生きていくために必要なことを自分ででき続けられるようにする(維持)・取り戻せるようにする(回復)ことが僕らの仕事の第一義で、
それを踏まえたうえで「できなくなり・やろうとしない」ときには「してあげる」ことまで見据えて変幻自在にコトを進めていくのが専門性です。

だから、例えば調理の行程10あるうち利用者Aさんが4しかできなくなり、職員が6をやるとしても、4をやる利用者が生活の主体者で、6をやる職員を手伝うわけではないのです。

また、行程10のうち利用者がやれることが0になったとしても「生活の主体者は利用者である」ことに変わりはなく「職員は利用者の生活を支援しているに過ぎない」のです。

 

写真

昭和の香りがプンプンする喫茶店のマスターは「大の剛ファン(長渕剛さん)」で、長渕剛の楽曲がずっと店内に流れていました。

そして壁にはドーンと長渕剛直筆入りのタペストリーが(写真)かけられており、マスターとの関係をうかがい知ることができます。

ずいぶん前に訪ねた時、すでにお店は閉店してしまいマスターの状況をうかがい知ることはできませんが「魂」が交差するお店でしたネ。

 

和田 行男 さん

1987年、日本国有鉄道から介護業界へ転身。1999年には、東京都初となる認知症高齢者グループホーム「こもれび」の施設長に就任した。淑徳大学客員教授。