あらすじ
東京の新興住宅地で、三世代が同居する森本家。
ある日、寝たきりだった老母タツが死亡するが、他殺の痕跡が発見される。
タツの夫・亮作は「自分が殺した」と自首してくるが、彼は取調室で失禁するほど認知症が進行していた。
果たして亮作は本当に妻を殺したのか。
捜査が進む中で明らかになるのは、長年連れ添った夫婦の深い愛情と、介護に疲れ果てた家族の苦悩だった。
事件の真相を通して、夫婦の絆、親子の関係、そして人間の尊厳とは何かが問われていく。
特徴・見どころ
本作『人間の約束』は、映画『嵐が丘』などで世界的に知られる巨匠・吉田喜重監督が、「寝たきり老人の安楽死」という、社会のタブーとも言える極めて重く、デリケートなテーマに真正面から挑んだ社会派ドラマです。
介護を描いた作品は数多くありますが、本作は単なる感動や家族愛に留まらず、観る者一人ひとりに「人間の尊厳」と「命の終わり方」についての倫理的なジレンマを突きつけます。
本作は、認知症の老母を描いて大ヒットした「花いちもんめ。」の成功を受けて制作されました。
しかし、その内容はさらに深く、重い領域へと踏み込んでいます。
物語は、認知症が重度になった状態で、長年寝たきりの老人と、その妻を献身的に介護してきた家族の姿を静かに見つめるところから始まります。
名優・三國連太郎が体現する「存在」と苦悩
主演の三國連太郎さんが演じるのは、重度の認知症により、意思の疎通もままならず、ただベッドの上で生き続ける老人・亮策です。
セリフらしいセリフもほとんどない中で、その表情やわずかなうめき声、その「存在」そのものを通して、生きることの苦しみと尊厳の在り処を問いかけます。
その静かで深みのある演技は、まさに圧巻の一言です。
そして、その夫を長年介護し続けてきた妻(村瀬幸子さん)。
彼女の疲労は限界に達しています。
この「介護の終わり」が見えない絶望的な状況が、本作の核となる「倫理的ジレンマ」を浮かび上がらせるのです。
愛か、それとも。突きつけられる「約束」の意味
「愛する人の苦しみを目の当たりにした時、人はどこまで何ができるのか」。
本作は、この重い問いを観客に投げかけます。
もはや回復の見込みがなく、ただ苦しそうに息をするだけの最愛の人。
その姿を見続けることは、介護する側にとっても耐え難い苦しみとなります。
その苦しみから解放してあげることは、「愛」の形なのでしょうか。
それとも、それは決して許されない一線を超えることなのでしょうか。
タイトルにもなっている「人間の約束」とは、一体何を指すのか。
「何があっても一緒にいる」という夫婦の約束か。
それとも、「苦しめない」という、暗黙の約束か。
重厚な演出と名優たちの鬼気迫る演技により、認知症の最期をめぐる家族の苦悩と葛藤が、これ以上ないほど深く掘り下げられていきます。
安易な答えを提示せず、観る者に強烈な問いを残す本作は、公開から数十年を経た今もなお色褪せることなく、私たちが「命」とどう向き合うべきかを考えさせる、日本映画史に残る名作として語り継がれています。









