あらすじ
1960年代、「台湾のハリウッド」と呼ばれた温泉街・北投で、売れっ子脚本家の奇生は、満員の映画館に塀を乗り越えて侵入してきた美月と出会う。
スターに会いたい一心でエキストラとなった美月の魅力に惹かれ、二人は恋に落ちる。
奇生は美月を大スターに育て上げることに成功するが、やがて台湾映画界は衰退の時代を迎える。
現代、認知症を患った祖母・小婕の介護をする孫娘は、祖母が現実と夢の区別がつかなくなっていることに悩んでいた。
祖母の過去を辿ることで、輝かしい時代の記憶が蘇る。
特徴・見どころ
かつて「台湾のハリウッド」と呼ばれた時代があったことを、ご存知でしょうか。
本作『おばあちゃんの夢中恋人』は、1960年代の台湾語映画黄金時代への溢れんばかりの愛と、現代における認知症の進行という切実なテーマを、笑いと涙で包み込んだ傑作エンターテインメントです。
メガホンを取ったのは、台湾を拠点に活躍する日本人監督・北村豊晴。
彼のポップで奇想天外な演出が、過去と現在、映画(虚構)と現実の境界線を鮮やかに飛び越え、私たちを不思議な感動の世界へと連れて行ってくれます。
「記憶」と「映画」が交錯する、魔法のような構成
物語は、還暦を過ぎた祖母が体調を崩し、病院に入院するところから始まります。
認知症を患っている祖母は、現実と過去の記憶が混濁し、孫娘に「かつて自分がどれほどの大スターと恋に落ち、ドラマチックな人生を送ったか」を語り始めます。
本作の最大の魅力は、この「認知症による記憶の曖昧さ」を、悲劇としてではなく、ファンタジーのような映像表現として巧みに利用している点です。
祖母の語る過去の物語は、1960年代の台湾映画そのもの。
活気に満ちた撮影所、スパイ映画のようなアクション、そしてロマンチックな恋。
それが真実なのか、それとも映画の筋書きと自分の記憶が混ざってしまったのか。
観る者は、孫娘と共にその「あやふやな記憶の旅」に引き込まれ、いつしか現実の介護の辛さを忘れ、祖母の青春時代に夢中になってしまいます。
介護の現実に差し込む、ユーモアと愛
一方で、本作は現代の介護の現実からも目を背けてはいません。
かつては輝いていた祖母も、今は孫娘の手を借りなければ生活できません。
しかし、北村監督はそこにあえて「笑い」を注ぎ込みます。
おばあちゃんの突拍子もない行動や言動を、周囲が温かく、時にはコミカルに受け止める。
その姿は、認知症介護が決して「絶望」だけではないことを教えてくれます。
孫娘が祖母の過去(=夢中恋人の話)を知ろうとすることは、単なる昔話を聞くことではなく、目の前にいる「認知症の老人」の中に、かつて懸命に生き、愛した一人の女性としての尊厳を見つけ出す行為なのです。
台湾映画ファンも唸る、黄金時代へのオマージュ
映画ファンにとっては、細部に散りばめられた1960年代台湾映画へのオマージュも見逃せません。
当時のファッション、街並み、そして独特の熱気。
それらが色鮮やかに再現されており、ノスタルジックな気分に浸ることができます。
「映画」という共通の言語を通して、世代を超えて繋がる家族の絆。
ラストシーンで明かされる「夢中恋人」の真実を知ったとき、温かい涙が止まらなくなるでしょう。
認知症を抱える家族との向き合い方に、優しさと少しのユーモアを与えてくれる、心温まる作品です。









