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あらすじ
小さな雑貨店の娘として生まれたマーガレット・ロバーツは、政治への関心を深め、下院議員選挙に立候補するも落選。
その後、実業家のデニス・サッチャーと結婚し、ついに議員に当選する。
男社会の国会で偏見をはねのけて奮闘し、保守党党首選に勝利して英国初の女性首相となる。
「鉄の女」と呼ばれ強力なリーダーシップを発揮したサッチャーだったが、首相退任後は認知症を患い、亡き夫デニスの幻影と会話しながら孤独な余生を送る。
回想の中で、彼女のこれまでの人生が明かされていく。
特徴・見どころ
世界中が知る「鉄の女」、イギリス初の女性首相マーガレット・サッチャー。
歴史にその名を刻んだ強靭なリーダーとしての姿は、誰もが知るところです。
しかし、本作『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』が描くのは、私たちが知る政治家としての栄光だけではありません。
主演のメリル・ストリープが、第84回アカデミー賞主演女優賞を受賞したことでも話題となった本作。
彼女が圧倒的な演技力で体現したのは、引退後、認知症を患う一人の高齢女性としての、孤独で、あまりにも人間的な姿でした。
「鉄の女」の鎧を脱いだ、老いと孤独
本作の構成における最大の特徴は、国を動かしていた「過去」の力強い姿と、認知症によって記憶や現実が曖昧になった「現在」の姿を、交互に対比させている点です。
かつては世界を相手に堂々と渡り合った彼女が、今はスーパーでミルクの値段に戸惑い、家族や介護者に支えられなければ生活できない。
この残酷なまでのコントラストは、どんなに偉大な人物であっても、「老い」や「病」は平等に訪れるという現実を、観る者に深く突きつけます。
メリル・ストリープは、特殊メイクの力も借りながら、サッチャーの話し方や立ち振る舞いを完璧に再現しました。
しかし、それ以上に素晴らしいのは、ふとした瞬間に見せる、老いへの恐怖や、過去の栄光にしがみつこうとする哀愁の表現です。
幻影の夫との対話が映し出す、認知症の現実
物語の中で、晩年のサッチャーは、既に亡くなっているはずの夫・デニスと会話を続けます。
朝食のテーブルで、書斎で、デニスは生前と変わらぬ姿で現れ、彼女に語りかけます。
これは、認知症によく見られる「幻覚」や、過去と現在の時間の感覚が混在してしまう症状を表現しています。
しかし、本作においてこの幻影は、単なる病気の症状としてだけ描かれているわけではありません。
それは、政治家としての道を突き進む中で、家庭を犠牲にし、それでも自分を支え続けてくれた夫への深い愛と、彼を失ったことへの耐え難い孤独の表れでもあります。
「まだ彼がそこにいる」と信じ込む彼女の姿は、切なくも、夫婦の絆の深さを物語っています。
歴史上の人物を「一人の人間」として描く
政治的な功績については賛否両論あるサッチャーですが、本作は政治映画というよりも、一人の女性の人生を描いたヒューマンドラマです。
国を変える決断を下してきた彼女が、人生の最後で直面する、記憶の喪失という喪失。
夫の遺品を整理しようと決意するシーンは、彼女が認知症の最期に向かいながらも、現実を受け入れ、前に進もうとする最後の「決断」のようにも映ります。
権力の頂点に立った女性が流した「涙」の意味とは。
認知症というフィルターを通すことで、歴史的偉人の「人間らしさ」と「弱さ」を浮き彫りにした、魂を揺さぶる傑作です。









