「親が突然怒りっぽくなった」「大切にしていた財布を『盗まれた』と疑われるようになった」「自宅にいるのに『家に帰りたい』と歩き回ってしまう」など、認知症に伴うご家族の行動や言動の変化に戸惑い、疲れ果ててしまっていませんか?
認知症の症状は、脳の神経細胞が壊死することで直接生じる「中核症状」と、中核症状をきっかけに心理的・環境的要因が重なって二次的に生じる「周辺症状(BPSD:行動・心理症状)」の2つに大きく分かれます。
ご家族や介護者を悩ませる多くの症状は、この「周辺症状」にあたります。しかし、中核症状とは異なり、周辺症状は周囲の適切な関わり方や環境調整、適切な治療によって予防したり、症状を劇的に軽減させたりすることが十分に可能です。
本記事では、周辺症状と中核症状の違いをはじめ、主な周辺症状の具体例、発症・悪化する原因、薬物・非薬物治療法、ご家族が今日から実践できる正しい対応のポイントまで分かりやすく解説します。

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認知症の「周辺症状(BPSD)」とは?「中核症状」との決定的な違い
認知症の症状は、その発症メカニズムによって「中核症状」と「周辺症状(BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)」に分類されます。
- 中核症状
└ 脳の神経細胞が破壊されることで直接・必ず生じる障害(記憶障害・見当識障害など) - 周辺症状(BPSD)
└ 中核症状を背景に、本人の性格・精神状態・住環境・周囲の対応などが複雑に影響して二次的に生じる精神・行動の障害(徘徊・妄想・暴言など)
脳の障害によって直接起こる「中核症状」
中核症状とは、脳の神経細胞が病気や血流障害によってダメージを受けることで、直接引き起こされる認知機能の障害です。認知症を発症したすべての人にあらわれる共通の症状であり、病気の進行とともに徐々に進行していきます。
主な中核症状
- 記憶障害:新しい出来事を覚えられない(短期記憶の低下)、体験したこと自体をまるごと忘れてしまう
- 見当識障害:現在の日時や季節、自分が今いる場所、目の前にいる人物との関係性が正確に認識できなくなる
- 実行機能障害:料理の手順を立てる、家電を操作するなど、目標に向かって計画を立て効率よく行動できなくなる
- 理解力・判断力の低下:複雑な会話についていけない、抽象的な概念やお金の計算、交通ルールの危険性が判断できなくなる
- 失行(しっこう)・失認(しつにん)・失語(しつご):麻痺がないのに箸や鍵の使い方が分からなくなる(失行)、物の名称が出ない・相手の言う意味が伝わらない(失語)
環境や心理が絡み合って二次的に起こる「周辺症状(BPSD)」
周辺症状(BPSD)とは、中核症状(記憶や見当識の障害)によって「自分の置かれた状況が分からない」「今までできていたことが急にできなくなった」という強い不安・恐怖・混乱を本人が抱くことで引き起こされます。
この強い精神的ストレスに、以下のような要因が複雑に絡み合って発現します。
- 本人の元々の性格や価値観
- 置かれている身体的コンディション(痛み、体調不良、便秘、難聴など)
- 住環境(引っ越し、入院、部屋の明るさ、騒音など)
- 周囲(家族や介護スタッフ)の接し方や対応
最大の特徴は、「すべての認知症患者に必ずあらわれるわけではない」という点です。周囲の人間が本人の不安を取り除き、快適な環境を整えることができれば、周辺症状の発現を防いだり、症状を大幅に鎮めたりすることができます。
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認知症周辺症状(BPSD)の具体的な症状8選
周辺症状は、大きく「行動症状」と「心理症状」に分けられます。現場でよく見られる代表的な8つの症状について具体的に解説します。
1. 徘徊(はいかい)
見当識障害により「ここが自分の家だと分からない」「目的地までの道順が思い出せない」ことが引き金となって起こります。
外から見ると「目的もなくうろうろ歩き回っている」ように見えますが、本人にとっては「家に帰りたい」「仕事に行かなければならない」「大切な家族を探しに行く」などの明確な理由や目的が存在します。無理に力づくで止めようとすると、強いストレスから興奮や拒絶を招く原因になります。
2. 暴力・暴言(感情コントロールの低下)
脳の感情をコントロールする部位(前頭葉など)がダメージを受けることで理性的な制御が難しくなり、怒りやいらだちが暴言や暴力となってあらわれます。
「できないことが増えた情けなさ」「不調をうまく伝えられないもどかしさ」「周囲から子ども扱いされた不快感」などが引き金となることが多いため、対応する側が感情的に怒り返すと暴言・暴力が悪化する悪循環に陥ります。
3. 妄想(物盗られ妄想・被害妄想など)
根拠のない強い思い込みを抱く症状です。代表的なものに以下があります。
- 物盗られ妄想:しまった場所を忘れた結果、「誰かに財布や通帳を盗まれた」と、最も身近で世話をしてくれている家族や介護者を疑ってしまう
- 被害妄想:「周囲から意地悪をされている」「食事に毒を入れられている」と思い込む
- 嫉妬妄想:配偶者が浮気をしていると思い込む
- 帰宅妄想:自室や自宅にいるにもかかわらず「ここは自分の家じゃないから帰る」と主張する
本人にとっては紛れもない「現実」であるため、正論で頭ごなしに否定されると強い孤独感や恐怖を感じます。
4. 幻覚・幻視(レビー小体型認知症に特徴的)
実際には存在しないものがハッキリと見える「幻視」や、聞こえない音が聞こえる「幻聴」が生じます。
特に「レビー小体型認知症」の患者に多く見られ、「布団の横に知らない子供が座っている」「壁を虫が這っている」といった具体的でリアルな映像が見えるのが特徴です。周囲が見えないからといって「気のせいだ」と切り捨てず、本人の怖がる気持ちを受け止める必要があります。
5. 無為(むい)・無関心(アパシー)
身の回りのことや、これまで大好きだった趣味・テレビ番組・人との交流に対して一切の興味や意欲を失ってしまう状態です。一日中ボーっと座っていたり、自室に閉じこもりがちになったりします。一見静かで手がかからないように思えますが、活動量の低下から筋力低下や認知機能の急激な進行(廃用症候群)につながるため注意が必要です。
6. 異食(いしょく)
ティッシュペーパー、洗剤、便、ボタン、植物など、本来食べ物ではないものを口に入れて飲み込んでしまう行動です。
視覚的な認識低下や「目の前にあるものが何であるか」を識別する機能が低下することで起こります。誤嚥や中毒、腸閉塞など生命の危険に直結するため、口に入れて困る危険なものを本人の視界や手の届く範囲から遠ざける環境対策が最も重要になります。
7. 抑うつ・不安・焦燥感
「自分が自分でなくなっていく感覚」や「失敗が増えて家族に迷惑をかけている感覚」から、強い自己否定感やうつ状態、強い不安感・焦りが生じます。一人になると激しく怯えたり、泣き出したりすることもあります。
8. 睡眠障害・夜間興奮(日内リズムの乱れ)
昼夜の感覚が曖昧になり、昼間にうとうと眠り、夜間に目が冴えて家中を歩き回ったり、大声を出したりします。昼夜逆転は家族の睡眠時間を奪い、介護疲労を極限まで高める大きな要因となります。
なぜ起こる?認知症周辺症状(BPSD)が発症・悪化する要因
周辺症状は、単に脳の障害だけで起こるのではなく、「身体的要因」「環境的要因」「心理的要因」が複雑に重なり合って発生します。
- 身体的要因:体の痛み、便秘、脱水、睡眠不足、過活動膀胱、服用薬の副作用
- 心理的要因:孤独感、自尊心の低下、恐怖、焦り、疎外感
- 環境的要因:引っ越し、施設入所、騒音、不快な室温、介護者の強い叱責や拒絶
例えば、「急に暴れ出した」という症状の裏には、実は「便秘で激しい腹痛があるのに、言葉で上手に伝えられない」「濡れたオムツが気持ち悪くて不快」「介護者に大声で怒られて怖かった」という真の原因が隠されているケースが多々あります。
表面上の問題行動だけを抑え込もうとするのではなく、「なぜその行動をとるのか?背景にどんな不快や不安があるのか?」を探ることが症状軽減の第一歩となります。
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認知症周辺症状(BPSD)の治療方法と治療薬
周辺症状の治療は、「非薬物療法」を第一選択(基本)とし、必要に応じて補助的に「薬物療法」を組み合わせるのが医療の原則です。
1. 非薬物療法(薬を使わないリハビリ・アプローチ)
身体への副作用がなく、本人の生活の質(QOL)を高めるアプローチです。
- 回想療法(回想リハビリ):昔の懐かしい写真や思い出の品に触れながら過去の記憶を楽しく語り合うことで、脳を刺激し情緒を安定させる
- 音楽療法:好きな唱歌や昭和の歌謡曲を聴いたり歌ったり、楽器を鳴らしたりすることでリラックス効果をもたらし、抑うつや興奮を和らげる
- 作業療法・運動療法:散歩や簡単な園芸・家事手伝いなどを通じて身体を動かし、日中の活動量を増やして夜間の良眠を促す
- バリデーション療法:本人の抱く感情や言動に耳を傾け、否定せず共感・受容することで深い安心感を与える
2. 薬物療法(適切な処方による症状の緩和)
非薬物療法や対応の工夫だけでは抑えきれない強い興奮、幻覚、攻撃性、不眠などに対し、医師の指示のもとで薬が使用されます。
| 薬品分類 | 主な効果・使用目的 | 代表的な薬剤例 |
|---|---|---|
| 抗認知症薬 | 中核症状の進行を遅らせ、意欲向上や認知機能を保つ。アルツハイマー型やレビー小体型に有効。 | ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチン |
| 漢方薬(抑肝散等) | 神経の興奮を抑え、焦燥感、イライラ、怒りっぽさを優しく鎮める。高齢者にも安全性が高い。 | 抑肝散(よくかんさん)、抑肝散加陳皮半夏 |
| 非定型抗精神病薬 | 強い幻覚、妄想、激しい興奮・攻撃性を脳内の不快シグナルを抑えて鎮める。※転倒リスクに注意。 | リスペリドン、クエチアピン、オランザピン |
| 抗うつ薬(SSRI等) | 意欲低下、落ち込み、強い不安感や感情の落ち込み(低活動症状)を改善する。 | セトラリン、エスシタロプラム |
高齢者は薬の代謝機能が低下しているため、過剰投与によってぼんやり(鎮静)しすぎたり、ふらつき・転倒・誤嚥を引き起こしたりするリスクがあります。少量から慎重に投与量を調整することが大切です。
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ご家族が実践できる!周辺症状を軽減・防止する正しい対応法
周辺症状を和らげるために、ご家族や介護者が日常で意識したい接し方のポイントです。
- 否定しない・叱らない・問い詰めない
- 本人の訴えの「理由」や「背景」に心を寄せる
- 話を否定せず一度受け止めてから、別の話題や活動へ視点を逸らす
- 介護者自身が無理をせず、ショートステイやデイサービスを活用して休息をとる
1. 叱らない・否定しない・論破しようとしない
記憶違いや事実と異なる発言があっても、「そんなこと言ってないでしょ!」「嘘をつかないで!」と大声で叱ったり否定したりすることは逆効果です。
本人は「怒られた」「攻められた」というネガティブな感情だけを強く記憶に残し、より頑なになったり興奮状態に陥ったりしてしまいます。
2. 「なぜその行動をとるのか?」理由を考える
一見不可解な言動であっても、本人の中には必ずストーリーや理由があります。
「お腹が空いた」と何度も言う場合は「孤独で寂しい」「やることがなくて手持ち無沙汰」、「物を盗まれた」と言う場合は「しまっていた場所を忘れて不安でたまらない」という感情の裏返しです。本人の言い分に「そうだったのね、不安だったね」と寄り添う姿勢を見せることが大切です。
3. 上手に気分を切り替える(話題を逸らす)
「家に帰りたい」「財布がない」と興奮しているときは、無理に説得しようとせず、一度「探してみましょうね」「お茶を飲んでから考えましょう」と受け止めた上で、好きな音楽を流したり、一緒におやつを食べたりして意識を別の方向へ向けさせます。
4. 介護者自身が孤立せず、プロや外部サービスに頼る
周辺症状(夜間徘徊や暴言、物盗られ妄想など)に24時間向き合い続けると、ご家族の心が折れてしまいます。
デイサービス、ショートステイ、訪問介護などの介護保険サービスや、認知症カフェ、家族会を積極的に活用し、介護者自身が物理的・精神的にリフレッシュする時間(レスパイト)を必ず確保してください。
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見逃さないで!周辺症状の引き金となる「認知症の初期症状」
周辺症状が悪化する前に早期発見し、適切な専門医(脳神経内科、精神科、物忘れ外来など)を受診することが、症状の進行を穏やかにする鍵となります。
日常で以下のような「いつもと違うサイン」が見られたら注意が必要です。
① 物忘れ(記憶の抜け落ち)
- 同じ質問や同じ話を短時間に何度も繰り返す
- 家族との大切な約束や予定をすっぽり忘れてしまう
- 自分で物を仕舞った場所を忘れ、「家族が盗んだ」と疑う
- 料理の味付けが変わる、得意だった料理の手順を間違える
② 判断力・思考力の衰え
- 買い物の支払いで小銭を使えず、常にお札ばかり出してお釣りの小銭が財布に溢れる
- 複雑な会話のスピードについていけず、だんまりを決め込む
- 信号の赤を見落とす、危険な道路の横断をするなど、安全の判断ができなくなる
③ 集中力・意欲の低下
- 長年好きだった読書、新聞、趣味の手芸やゴルフを一切しなくなる
- テレビドラマのストーリー展開や登場人物が理解できず、観なくなる
- 掃除や片付けが急にできなくなり、部屋が散らかり放題になる
④ 感情・精神的な変化
- 以前に比べて些細なことで怒りっぽくなり、感情的になりやすい
- 急に無気力になり、外出や人と会うのを露骨に嫌がる
- 一人になると過度に怖がったり、寂しがったりする
まとめ:周辺症状(BPSD)は正しく理解すれば軽減できる
今回の重要ポイントを振り返ります。
- 周辺症状(BPSD)は、脳の障害による中核症状に、本人の不安、環境、身体不調、周囲の接し方が重なって二次的に起こる精神・行動障害
- 代表例には徘徊、暴言・暴力、物盗られ妄想、幻覚、異食、抑うつなどがある
- 中核症状と異なり、周りの環境調整や優しい対応によって症状を予防・軽減させることができる
- 治療は回想療法や音楽療法などの「非薬物療法」が基本であり、必要に応じて抗認知症薬や漢方薬などの「薬物療法」を補助的に用いる
- 否定したり叱ったりせず、「なぜその行動をとるのか」本人の不安や理由に寄り添うことが軽減の第一歩
周辺症状があらわれると、ご家族は「どうしてこんなことになってしまったのか」と追い詰められてしまいがちです。しかし、それは病気が言わせている・させている行動であり、決してご家族を困らせようとしているわけではありません。
一人で抱え込まず、地域包括支援センターや専門医、デイサービスなどの専門職と手を携えながら、温かく穏やかな環境を整えていきましょう。

