日本の介護保険制度において、3年に1度行われる「介護報酬改定」は、事業者や従事者、そして利用者の未来を決定づける極めて重要なイベントです。
2024年度(令和6年度)の改定は、医療・障害福祉との「トリプル改定」であり、全体で+1.59%のプラス改定となった一方で、訪問介護の基本報酬引き下げや、医療連携の義務化など、現場に痛みを伴う構造改革が断行されました。
それから時間が経過した現在、厚生労働省の社会保障審議会(介護給付費分科会)より「令和6年度介護報酬改定の効果検証及び調査研究に係る調査」の結果が公表されています。
この「効果検証調査」は、国が定めた新しいルールが実際の現場でどのように機能しているか(あるいは機能不全を起こしているか)を客観的なデータで検証し、次期(2027年度)改定に向けたエビデンスとするための最も重要な調査です。
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調査の全体像:国は何を検証したのか?

厚生労働省が実施した令和6年度(2024年度)改定の効果検証調査は、改定の目玉となった以下の4つのテーマに焦点を当てて実施されました。
- 高齢者施設等と医療機関の連携体制等にかかる調査(急変時対応や看取りの質)
- リハビリテーション・個別機能訓練、栄養、口腔の実施及び一体的取組に関する調査(自立支援とLIFEの活用)
- 地域の実情や事業所規模等を踏まえた持続的なサービス提供の在り方に関する調査(訪問介護の経営悪化や地方の担い手不足)
- 福祉用具貸与価格の適正化に関する調査(レンタルと購入の選択制の導入効果)
全国の数万に及ぶ施設・事業所へのアンケートとヒアリングを通じて得られた結果は、「国の理想」と「現場の疲弊」という埋めがたいギャップを明確に示しています。
次項より、各テーマの詳細な結果を見ていきます。
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【医療と介護の連携】義務化の波と「会議負担」という大きな壁
2024年度改定の最大の目玉の一つが、特別養護老人ホーム(特養)などの高齢者施設において、「協力医療機関を定めることの義務化(3年間の経過措置あり)」でした。
具体的には、①急変時の相談対応、②診療体制、③原則としての入院受け入れ、という3要件を満たす病院と協定を結ぶことが求められました。
調査結果データ:高い達成率の裏にある「実態」
調査結果によると、この厳しい3要件を満たす協力医療機関を定めている施設の割合は以下の通りです。
| 施設サービス種別 | 3要件を満たす協力医療機関を定めている割合 |
|---|---|
| 介護老人福祉施設(特養) | 56.6% |
| 介護老人保健施設(老健) | 70.0% |
| 介護医療院 | 72.4% |
一見すると順調に連携が進んでいるように見えます。
しかし、データを深掘りすると、いずれのサービスにおいても「改定前(令和6年3月以前)から定めていた医療機関をそのまま指定した」という回答が8割を超えていました。つまり、今回の改定を機に新たな医療機関と強固なネットワークを新規開拓できた施設はごく少数に留まっているのが現実です。
「協力医療機関連携加算」が算定できない理由
さらに深刻なのが、新設された「協力医療機関連携加算」の算定率の低さです。
この加算を算定するためには、入所者の病歴などを共有する「定期的な会議」を開催する必要があります。
しかし、加算の算定率は特養で27.2%、老健で54.1%に留まっています。
算定していない最大の理由は、圧倒的多数で「定期的な会議の負担が重いため」でした。
多忙を極める介護現場と、コロナ禍以降さらに余裕のない医療機関の医師が定期的にスケジュールを合わせることは至難の業です。
国は次期改定に向けて、ICT(情報通信技術)を活用した非同期コミュニケーションの評価など、現実的な連携手法への要件緩和を迫られることになります。
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【リハ・栄養・口腔の一体的取組】立ちはだかる「専門職不足」
高齢者の自立支援と重度化防止において、「運動(リハビリ)」「食事(栄養)」「お口の健康(口腔)」は三位一体で提供されるべきである、というのが国の強い方針です。
2024年度改定でも関連加算が強化されました。
調査結果データ:効果は絶大だが、普及率に課題
この「一体的取組」を最も実施しているのは、リハビリ専門施設である老健で40.0%でした。
一体的取組を行っている施設では、ADL(日常生活動作:Barthel Indexなど)のスコアが未算定の利用者よりも高く維持されており、「口腔衛生状態の維持・改善につながった」「他職種の専門性への理解が深まった」といったポジティブな効果が多数報告されています。
しかし、現場に立ちはだかっているのは「圧倒的な専門職不足」です。
- 通所リハビリテーション(デイケア)の5割以上の事業所が「管理栄養士や口腔の専門職の確保が困難」と回答しています。
- その結果、施設全体で利用者の状態をチェックする「口腔・栄養スクリーニング加算」の算定率は、全体でわずか13.9%に低迷しています。
理念は素晴らしく効果も実証されているものの、地方の中小規模事業所が単独で管理栄養士や歯科衛生士を雇用することは不可能です。
今後は、地域の外部専門機関とのアウトソーシングや、複数事業所間での専門職のシェアリング(協働化)をさらに推進する仕組みが不可欠です。
【訪問介護と地域の実情】基本報酬減額が招いた「経営悪化」と「高齢化」
2024年度改定において、最も激しい反発と議論を呼んだのが「訪問介護の基本報酬引き下げ」でした。
国は「訪問介護の利益率は他サービスより高い」という一部のデータを根拠に基本報酬を下げ、その分を処遇改善加算に振り替えました。
しかし、効果検証調査は、訪問介護事業所(特に地方の小規模事業所)がかつてない危機に瀕していることを浮き彫りにしました。
調査結果データ:中山間地域等の深刻なダメージ
「地域の実情や事業所規模等を踏まえた持続的なサービス提供」に関する調査結果では、以下の衝撃的な事実が判明しました。
- ヘルパーの深刻な高齢化中山間地域・離島等において、「職員の50%以上が60代以上である」と答えた訪問介護事業所が約4割に上りました。
都市部でも約3割を占めており、若い働き手の流入が完全にストップしています。 - 訪問回数の減少と収益の悪化すべての地域において、「訪問回数が前年度比で5%以上減少している」事業所の割合が過半数を超えました。
その結果、処遇改善加算等を含めた訪問1回あたりの単価自体は上昇しているにもかかわらず、令和6年8月の介護保険収入の増減において「対前年度比5%以上減少(減収)」している事業所の割合が最も高くなっています。
「基本報酬が下がっても、処遇改善加算を取ればプラスになる」という国の目論見は、ヘルパーの高齢化と退職による「訪問回数そのものの減少」によって完全に打ち砕かれました。
特に、移動距離が長く効率の悪い中山間地域での赤字割合は極めて高く、このままでは「介護難民」が地方から大量発生する臨界点に達しています。
次期改定では、地方のインフラとしての訪問介護に対する、抜本的なテコ入れ(基本報酬の再評価や移動コストの補助)が急務となります。
【福祉用具の適正化】「レンタルと購入の選択制」の導入状況
最後に、利用者負担に直結する福祉用具のルール変更についても触れておきます。
2024年度改定より、固定用歩行器や単点杖・多点杖といった一部の福祉用具において、「レンタル(貸与)」と「購入(販売)」を利用者が選択できる制度が導入されました。
これは、長期間レンタルし続けると購入金額を上回ってしまうケースを防ぐための適正化措置です。
調査によると、利用者の多くはケアマネジャーや福祉用具専門相談員からの説明を受け、自身の身体状況の先行き(すぐに車椅子に移行するか等)を踏まえて合理的な選択を行うようになりつつあります。
一方で、事業者側にとっては販売への切り替えによる継続的なレンタル収入の減少という影響が出ており、新たなビジネスモデルの構築が求められています。
効果検証から見据える「次期(2027年度)改定」への備え
これらの効果検証調査結果は、そのまま2027年度(令和9年度)の次期介護報酬改定の「設計図」となります。
事業所の皆様は、このデータから国が次に打つ手(ペナルティとインセンティブ)を先読みし、今から準備を進める必要があります。
- 会議・書類業務の徹底的なDX化
医療機関との連携会議や、多職種連携の壁となっている「業務負担」を減らすため、国はICTツール(ビデオ会議、ビジネスチャット、LIFE連携システム)の導入をさらに強力に推進(事実上の義務化へシフト)するでしょう。
アナログな情報共有を続けている事業所は生き残れません。 - 「協働化・大規模化」への適応
リハ・栄養の専門職不足や、訪問介護の経営難を解決する鍵は「スケールメリット」です。
社会福祉連携推進法人などを活用した間接部門の統合、人材のシェア、あるいはM&Aによる事業規模の拡大が、今後の介護経営のスタンダードとなります。
まとめ
厚生労働省による「2024年度介護報酬改定の効果検証調査結果」は、国が描いた制度の理想と、現場で流れる汗や疲弊との間に生じた「リアルな軋み」を見事に可視化しました。
「協力医療機関との会議の負担」「専門職が採用できない現実」「減収に苦しみながらも地域を支える高齢ヘルパーたち」。
これらのデータは、介護現場の努力不足によるものではなく、現在の日本の社会構造そのものが抱える限界を示しています。
国は今回の調査結果を真摯に受け止め、現場が「罰則を避けるための事務作業」に追われるのではなく、「利用者と向き合うケア」に時間を割けるような、実効性のある次期改定の議論を進める責任があります。
『健達ねっと』では、これからもこうした国の重要データや政策の裏側をいち早く、そして分かりやすく分析し、介護に関わるすべての人が後悔のない選択をするための情報発信を続けてまいります。
出典元・データ参照先(リンク)
※本記事のデータおよび見解は、以下の厚生労働省の公式発表資料(各効果検証委員会の報告書等)に基づき作成しています。








