【第1回】要介護4・認知症の父と、家族3人でハワイの海に入った話

はじめまして。
株式会社想ひ人(おもいびと)代表の金子萌(かねこ もえ)と申します。

この連載では、17歳から父の介護を続けてきた一人のヤングケアラーであり、現在は介護領域で起業した経営者として、現場のリアルと、それでも見つけてきた「驚きと希望」を率直にお伝えしていきます。

初回となる今回は、要介護4で認知症とパーキンソン病を発症した父を連れて、家族3人でハワイ旅行に行ったお話です。
「そんなことが可能なのか」と思われるかもしれません。
実際、当時の父を担当してくださっていたヘルパーさんやケアマネジャーさんに伝えたときも、みなさん大変驚かれました。

ただ、結論から言えば、可能でした。
そしてそれは、特別な家族にしかできない奇跡ではなく、「知識と工夫の積み重ね」で多くの方が選択肢として持てるものだと、私は考えています。

目次

簡単な自己紹介:17歳から始まった、14年間の在宅介護

父は2011年、44歳のときにパーキンソン病と診断されました。
私が高校2年生、バスケットボール部の引退試合を終え、受験勉強に本腰を入れようとしていた矢先のことです。

その後、父は会社から退職勧奨を受け、やがて「レビー小体型認知症」と確定診断されます。
パーキンソン症状を伴う若年性認知症でした。

17歳から母と二人で父の介護を始め、現在は14年以上が経過しました
父は要介護5、胃ろうと痰(たん)吸引が必要な状態ですが、今も自宅で在宅介護を続けています。

この経験をもとに、私は2022年に株式会社想ひ人を創業しました。
「老いや病気・障がいが怖くない社会を作る」を掲げ、介護に必要な情報と選択肢を、必要な人へ届ける事業を行っています。

「最後の家族海外旅行」の行き先をハワイに決めた理由

私たち家族3人がハワイ行きを決めたのは、2022年9月のことです。

両親は映画「ロード・オブ・ザ・リング」の20年来のファンで、2020年1月にロケ地のニュージーランドを訪れたのが直前の海外旅行でした。
その後コロナ禍が始まり、海外旅行の道は事実上閉ざされます。

ようやくアメリカから日本への帰国時の抗原検査が不要になった2022年9月、父はその年の11月半ばから施設への入所が決まっていました。
「これが本当に最後の家族海外旅行になる」
そう考えて、ハワイ行きを決断したのです。

ただ、認知症とパーキンソン病の発症から11年以上が経ち、食事・着替え・排泄(はいせつ)すべてに介助が必要で、普段から車椅子を利用している父を海外に連れていくのは簡単ではありません。
私たちの前には、3つの大きな壁がありました。

【壁1】フライトの課題:車椅子での長時間移動を可能にした「ANAカウチシート」

要介護4の父と家族3人でハワイの海に入った写真
ANAカウチシートで横になって移動する様子

パーキンソン病が進行している父は、座った姿勢を長時間保つことができません。
エコノミークラスで7時間のフライトは不可能でした。

クレジットカードのマイルでビジネスクラスへの交換を試みましたが、翌年5月まで満席。
エコノミーでは最大3時間が限界のため、グアムや沖縄に行き先を変えることも検討しました。

しかし、父の「ハワイに行きたい」という願いを諦めきれず、調べる中で見つけたのがANAの「カウチシート」でした。
エコノミー1席の料金にプラス往復約10万円で、3〜4席を専有して横になって寝られるという座席です。

ビジネスクラスより大幅に費用を抑えられ、結果として大正解でした。
父はハワイ到着までのほとんどの時間を、横になって機内で過ごすことができたのです。

また、父の車椅子は本人の身体に合わせた特注の大型のものでしたが、搭乗口の直前まで使うことができ、機内では通路を通れる小型の車椅子をCAさんが押してくれました。
歩けない父でも、安心して飛行機に乗り込むことができました。

【壁2】ホテルの課題:バリアフリールームとキッチン付きコンドミニアムの安心感

次の課題はホテルです。
母娘で長年貯めていたクレジットカードのポイントを使い、リッツカールトンに無料宿泊できることが分かりました。

予約時に父の状態を伝えると、「バリアフリールーム」を用意してもらえました。
廊下は車椅子でもスムーズに通れる広さ、キッチンや洗面台の高さは車椅子に合わせて低く設計されており、家具にぶつかる心配なく過ごせます。

加えて、この建物はもともとコンドミニアム(長期滞在用マンション)としての設計だったため、全室にキッチンと洗濯機が完備されていました。
これは、介護を伴う旅行で本当に助かるポイントです。

リッツカールトンのバリアフリールーム
広々としたバリアフリールーム
ビーチに置かれた水陸両用車椅子
広々としたキッチン

【壁3】観光地の課題:車椅子で海に入れる!ハワイの「水陸両用車椅子」という驚き

最後の課題は、父をどこへ連れていくかという、観光地の選定です。

結論から言うと、ホノルル市街は段差がほとんどなくバリアフリー化が進んでおり、車椅子でも非常に歩きやすい街でした。
普段は車椅子に乗ると寝てしまうことが多い父も、ハワイの景色が刺激的だったのか一度も眠らず、ずっと周囲を見回していました。

そして、最大の驚きが、ビーチに置かれていた「水陸両用の車椅子」です。
海にそのまま入れる設計の車椅子が、いくつかのビーチで、なんと無料で利用できました

要介護4で車椅子が必要な状態になってから、まさかハワイの海に入れるとは、父も想像していなかったはずです。
最初はおっかなびっくりだった父が、次第に波に慣れて笑顔を見せたとき、ここまでの苦労がすべて吹き飛びました(代わりにお金もかなり吹き飛びましたが)。

このハワイ旅行から、私が得た「新しい介護観」

ハワイ旅行の思い出
介護の制度やサービスの情報
家族の支え

2023年1月、父は施設で誤嚥性(ごえんせい)肺炎を起こし、わずか1か月で胃ろうが必要な状態になりました。
今は自宅に戻り、要介護5で在宅介護を続けています。

ただ、入院した病院でも、父は看護師さんにハワイの話を嬉しそうにしていたそうです。
それを聞いて、母と二人で涙が止まりませんでした。

「要介護4の父がハワイで海に入った」。
この話をすると、介護の専門職の方も含めてみなさん驚かれます。
けれど、ここまで読んでくださったみなさんには、それが決して「不可能ではなかった」ということが分かっていただけたと思います。

確かに介護はつらく、綺麗事ばかりではありません。
私自身、父が44歳で発症してから14年以上、書ききれないほどのつらく苦しい出来事がありました。

それでも、11年以上を在宅で介護することができ、最後には家族3人でハワイで笑うことができた
病気や介護、障がいは、必ずしも「絶望」と直結するものではありません。

「使える制度やサービスを知っているか」で、介護の景色は変わる

この連載で繰り返しお伝えしたいことの一つが、「老いや病気・障がいを支えるサービスや製品・制度は、実はたくさん存在している」という事実です。

目が悪くなれば眼鏡をかけ、耳が聞こえにくくなれば補聴器をつけ、歩きにくくなれば車椅子に乗る。
同じように、認知症の方の金銭管理を助けるカードもあれば、嚥下(えんげ)機能が低下した方向けの介護食を簡単に作れる調理鍋もあります。

ハワイ行きを実現できたのも、ANAカウチシートという選択肢、バリアフリールームの存在、水陸両用車椅子という発想、これらを一つひとつ「知り」、組み合わせていったからにほかなりません。

問題は、こうしたサポートが「必要な人に届いていない」ことです。

私自身、父が発症した当初、傷病手当金の存在を知らないまま父を再就職させてしまい、受給資格を失った経験があります。
弁護士に相談しても、福祉制度までは教えてもらえませんでした。
「情報がない」というだけで、本来受けられたはずの支援から何年も遠ざかってしまうのが、介護の現実です。

「病気になってごめんね」と言わない、言わせない社会へ

父が介護を必要とするようになった後、一度だけ、父から「病気になってごめんね」と言われたことがあります。

確かに、父の病気のために家族でいろいろな苦労をしてきました。
でも、私たちは決して「ごめんね」と言ってほしかったわけではありません。
病気になったとしても大好きな父であることに変わりはなく、父に少しでも人生を楽しんでほしいからこそ、在宅で介護を続けてきたのです。

それなのに、父をそこまでつらい立場に追い込み、「ごめんね」と言わせてしまった。
そのことに、私は途方もない罪悪感を覚えました。

父の病気の原因は分かっていませんが、遺伝性の可能性も否定できません。
私自身も40代で同じ病気を発症する可能性があります。
そしてそれは私だけの話ではなく、誰しも「いつ、どんな病気になるか分からない」ということでもあります。

そのとき、あなたは大切な人に「ごめんね」と言いますか。
それとも、大切な人に「ごめんね」と言わせますか。

私は、言いたくないし、言わせたくない
だからこそ、病気を発症しても自分らしく生きられる社会を作りたい。
この挑戦は、誰よりも私自身のためのプロジェクトでもあります。

次回以降のテーマについて

次回以降は、17歳から介護を始めたヤングケアラーとしての経験、家族介護で直面した制度の壁とその乗り越え方、そして経営者として介護領域で事業を立ち上げて見えてきた景色などを、回ごとにテーマを変えてお届けする予定です。

読者のみなさんが今まさに直面しているお悩みや、聞いてみたいテーマがあれば、ぜひコメント欄からお寄せください。
可能な限り、次回以降の記事でお応えしていきたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

【プロフィール】

金子 萌(かねこ もえ)

株式会社想ひ人 代表取締役。
17歳から父(若年性認知症・パーキンソン病)の介護を母とともに継続。
介護歴14年以上のヤングケアラー・ダブルケアラー経営者。
桜蔭中学・高校から東京大学を経て、外資系コンサルティングファーム、外資系メーカーに勤務後、2022年に株式会社想ひ人を創業。
「老いや病気・障がいが怖くない社会を作る」をミッションに、介護現場・自治体のDX×AI事業を展開。
BBC、TBS、ABEMA Prime等のメディア出演実績多数。
日本経済新聞「向き合う」連載(2026年4月〜5月)。

株式会社想ひ人 公式サイト: https://www.omohibito.com/
筆者note(より詳しい記録): https://note.com/omohibito_moe

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筆者プロフィール

株式会社想ひ人 代表取締役
介護に、驚きと希望を ― ヤングケアラー経営者が愛する『ケアのある人生』
17歳から父(若年性認知症・パーキンソン病)の介護を母とともに継続。介護歴14年以上のヤングケアラー・ダブルケアラー経営者。桜蔭中学・高校から東京大学を経て、外資系コンサルティングファーム、外資系メーカーに勤務後、2022年に株式会社想ひ人を創業。「老いや病気・障がいが怖くない社会を作る」をミッションに、介護現場・自治体のDX×AI事業を展開。BBC、TBS、ABEMA Prime等のメディア出演実績多数。日本経済新聞「向き合う」連載(2026年4月〜5月)。
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介護に、驚きと希望を ― ヤングケアラー経営者が愛する『ケアのある人生』
介護に、驚きと希望を ― ヤングケアラー経営者が愛する『ケアのある人生』

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