── 介護を支える専門職の、見えない労働の話 ──
こんにちは。
株式会社想ひ人の金子萌です。
前回は、要介護4の父と家族3人でハワイの海に入った話を書きました。
今回は少しトーンを変えて、その旅をはじめ、わが家の14年以上の在宅介護を陰で支えてくれた、ある専門職の話をしたいと思います。
「ケアマネジャー」という職業をご存じでしょうか。
介護を経験された方なら、一度はお世話になっているはずです。
わが家も、父の状態が変わるたびに、何度この人たちに助けられたか分かりません。
ところが、この仕事の中身は、当事者家族にも、ましてや一般の方にも、ほとんど知られていません。
そして知られていないことが、いま現場の人たちを静かに追い詰めています。
今回は、感謝を込めて、ケアマネジャーという仕事の「見えない部分」を書きます。
ケアマネジャーとは何をする人か
ケアマネジャー(介護支援専門員)は、ひとことで言えば「ケアをマネジメントする」専門職です。
介護が必要になった方が、介護保険制度を使って適切なサービスを受けられるように、ケアプランを作り、関係する事業所や機関との調整を担います。
わが家の場合、父の症状が進んで歩けなくなったとき、デイサービスの手配、福祉用具のレンタル、訪問看護との連携、すべての入口にケアマネジャーがいました。
家族だけでは、どんな制度が使えて、どこに何を頼めばいいのか、まったく分かりません。
その地図を描いてくれるのが、この人たちです。
制度上、ケアマネジャーの本来の業務は、この「介護保険サービスのマネジメント」と定められています。
必要なサービスを組み立て、関係機関と調整する。
ここが報酬で評価される中心の仕事です。
報酬の構造 ── 「事業所の売上」と「個人の手取り」は違う
ここで、あえてお金の話をします。
誤解の多いところなので、正確に書きます。
ケアマネジャーが利用者一人のケアプランを担当すると、その人が所属する事業所(会社のようなものだとお考えください)に入る介護報酬は、2024年度の改定後、おおむね次の通りです。
担当件数が一定未満の場合の基本区分で、要介護1・2なら月におよそ1万円台前半、要介護3・4・5でもおよそ1万円台半ばです。
ここで強調したいのは、この金額は「事業所の売上」であって、ケアマネジャー個人の手取りではない、という点です。
ここから事務所の家賃、システム費用、事務職員の人件費などを差し引いた残りが、給与の原資になります。
一人で何十件を担当しても、諸経費を引いた後に個人が受け取る額は、当然それよりずっと小さくなります。
さらに、こういう仕組みもあります。
「一人ひとりにしっかり向き合えるように」という名目で、担当件数が一定数を超えると、一件あたりの報酬が段階的に下がっていく(逓減制と呼ばれます)。
つまり、たくさんの利用者を抱えても、その分だけ収入が増えるわけではない。
どれだけ件数をこなしても報われにくい構造になっているのです。
見えない労働 ── シャドウワーク
報酬で評価されるのは、あくまで介護保険サービスのマネジメントです。
ところが現場では、それ以外の、報酬の対象にならない仕事が大量に積み重なっています。
賃金が支払われないのに、誰かがやらなければ世帯が回らない労働を「シャドウワーク(影の労働)」と呼びます。
ケアマネジャーの仕事には、これが非常に多いと言われています。
たとえば、入院時の付き添いや入退院の手続き。
通院の送迎・同行。
買い物やゴミ出しといった生活支援。
役所での手続きの代行。
家族間のもめごとの仲裁。
夜間や休日の緊急連絡への対応。
これらは、本来はケアマネジャーの仕事ではありません。
では、なぜこうした仕事が現場に積み上がるのか。
答えはシンプルで、その役割を担う人が、他にいないからです。
ヘルパー、家族、成年後見人、行政。
本来それぞれが担うべきことが、担い手不在のまま宙に浮き、目の前にいるケアマネジャーが引き受けざるを得なくなる。
はっきり言えることがあります。
たとえば金銭の管理は、本来ケアマネジャーの仕事ではありません。
成年後見制度や、社会福祉協議会の日常生活自立支援事業などが担う領域です。
それでも担い手がいなければ、目の前の生活が回らない。
だから、断れない人が引き受けてしまう。
思い出してください。
ケアマネジャーに支払われる介護報酬は、利用者一人あたり月に1万円程度です。
その金額で、入院の付き添いまでしている人がいる。
あまりに無理があるとは思えないでしょうか。
背景にある「複合課題」という難しさ
シャドウワークが増える背景には、世帯の抱える問題が、年々複雑になっているという事情があります。
「8050問題」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
80代の親が、ひきこもりなどの事情を抱える50代の子を支え続け、世帯ごと孤立していく問題です。
近年は、親が90代・子が60代という、その先のケースも増えています。
こうした世帯では、問題が一つではありません。
親の介護、子の経済的困窮、子自身の疾患や障がい、世帯の社会的な孤立。
これらが同時に存在し、絡み合う。
行政の言葉では「複雑化・複合化した支援ニーズ」、いわゆる複合課題と呼びます。
私自身が経験した「ヤングケアラー」も、複合課題の一つです。
本来は大人が担うべき家事や家族の世話を、日常的に引き受けている子どものこと。
親の疾患、家庭の経済状況、介護と子どもの養育。
複数の要因が一つの家庭の中で重なり合っています。
従来の福祉は、高齢・障がい・子ども・生活困窮、と分野ごとに窓口が分かれていました。
けれど複合課題の世帯は、その縦割りのどの窓口にも、ぴったりとは収まりません。
介護のケアマネジャーは親のことは見られても、同居する子の疾患や困窮には、制度上の権限も報酬もない。
一つの窓口では完結しないのです。
仕組みは、ある ── それでも現実が追い越していく
実は、この複合課題に対応するための仕組みが、国の制度として用意されています。
「重層的支援体制整備事業」というものです。
2020年に社会福祉法が改正され、2021年4月から始まりました。
高齢・障がい・子ども・生活困窮といった属性の壁を越えて、相談支援・参加支援・地域づくりの3つを一体的に行う事業です。
8050世帯や、介護と育児が同時に進むダブルケアなど、まさに複合課題のケースが対象として想定されています。
ただし、これは市町村が手を挙げて行う任意事業で、実施するかどうかは自治体次第です。
実施する自治体は年々増えていますが、それでも全国の市区町村の中ではまだ3割に届いていません(令和7年度時点)。
住んでいる地域によって、受けられる支援に差が出てしまうのが現状です。
そして、より根の深い問題があります。
複合課題を抱える世帯は、これから加速度的に増えていきます。
9060、ダブルケア、親の介護と子の疾患。
制度が想定した速さを超えて、複雑なケースが、そして制度のはざまに落ちる人が増え続けている。
制度を用意しても、現実がそれを追い越していく。
だからこそ、すでにある制度を使えるものへと育て、現場を支える体制を整えることが急務なのです。
お願いがあります ── 「何でも屋」と思わないでほしい
ここまで読んでくださった方に、一つだけお願いがあります。
無意識のうちに、「ケアマネジャーは何でも屋だ」と思っていないでしょうか。
無理な頼みごとを、当たり前のように押し付けていないでしょうか。
介護・福祉の現場には、奉仕の精神が強く、頼まれると断れない人がたくさんいます。
「これは業務外です」と突っぱねれば、その人の生活が立ち行かなくなる。
それが分かっていて、断れる人は多くありません。
もちろん、ケアマネジャーは利用者の生活を支えるのが仕事です。
けれど、頼めば何でもやってくれる便利屋ではない。
本来の業務は、介護保険サービスをマネジメントすること。
そのことを、知っておいてほしいのです。
変えるべきは、個人の頑張りではなく、構造そのものです。
必要なことは二つ。
一つは、ケアマネジャーが複合課題を一人で抱え込まず、複数の機関で受け止められる体制を、すべての地域で実のあるものにしていくこと。
もう一つは、見えない労働に見合う処遇です。
責任と負荷だけが増えていく構造を、放置してはいけない。
それでも、希望はある
重い話になりました。
けれど、私はこの連載で「介護に、驚きと希望を」と掲げています。
最後に、希望の話をさせてください。
わが家が14年以上、父を在宅で介護し、ハワイの海にまで行けたのは、家族の力だけではありません。
その地図を描き、必要な制度につないでくれたケアマネジャーがいたからです。
彼らの専門性は、絶望と希望を分ける分岐点になりうる。
それだけの力を持った仕事なのです。
だからこそ、その人たちが安心して働ける環境を作ることは、めぐりめぐって、介護を受けるすべての人と、その家族の希望につながります。
ケアマネジャーを「何でも屋」にしない。
見えない労働を、ちゃんと見る。
その小さな認識の変化が、現場を守る第一歩になると、私は信じています。
医療・介護・福祉に従事するすべての人が、安心して働ける環境を。
それを本気で作りたいと思っています。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ご感想や、聞いてみたいテーマがあれば、ぜひコメント欄からお寄せください。
訪問や支援の現場で感じた不安や、「こわかった」という本音を、否定されずに話せる夜の語り場です。
- 日時:6月13日(金)21:00~22:00
- 形式:オンライン(Zoom)
- 参加費:無料
- 対象:ケアマネジャー・相談員・ソーシャルワーカー・介護看護職など対人援助職の方
- 聞き手:林正海(社会福祉士・介護支援専門員/株式会社想ひ人顧問)
- 主催:金子萌(株式会社想ひ人代表取締役)
「口外しない」「話したくないことは話さなくていい」を約束する場です。




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