「歯が命」と言われる本当の理由とは?
「歯が命」という言葉を耳にしたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。8月1日は「歯が命の日」です。
「素敵な笑顔は歯が命」「若々しさは歯が命」など、この言葉から歯の大切さを思い浮かべる方も多いでしょう。しかし近年の研究では、歯を守り、しっかり噛める状態を維持することは、お口の健康だけでなく、認知症や転倒の予防にも関係していることが分かってきました。
今回は、「歯が命」と言える本当の理由についてご紹介します。

「噛む力」と認知症の深いつながり
「噛む」という動作は、食事をするためだけではありません。
よく噛むことで脳への刺激が増え、脳の働きを活性化させることが知られています。また、しっかり噛めることでさまざまな食品を食べられるようになり、栄養状態を保ちやすくなることも重要です。
特に高齢者にとって、食事は一つのイベントです。ご家族や友人と会話を楽しむ大切な時間でもあります。そのためには、自分の歯やお口に合った入れ歯、そして噛むための筋肉が保たれていることが大切です。
65歳以上の4,425人を4年間追跡した研究では、自分の歯がほとんどなく入れ歯も使用していない人は、自分の歯を20本以上保っている人と比べて、認知症を発症するリスクが約1.85倍高いことが報告されています。
一方、歯が少なくても入れ歯を使用している人では、認知症のリスクは大きく変わりませんでした。つまり、歯を失っても、お口に合った入れ歯などで「噛む力」を維持することが大切なのです。
「噛む力」は全身のバランスと転倒予防につながる
一見すると、お口と転倒は関係がないように思えるかもしれません。しかし、噛むことは体のバランスや筋力の発揮にも関わっています。
私たちは転びそうになると、無意識に奥歯を食いしばって体勢を立て直そうとします。しっかり噛めることは、全身の筋力を十分に発揮するうえでも役立つと考えられています。
65歳以上の1,763人を対象にした調査では、自分の歯が19本以下で入れ歯を使用していない人は、自分の歯が20本以上ある人と比べて、転倒リスクが約2.5倍高くなることが報告されています。
一方、歯が少なくても入れ歯を使用している人では、そのリスクは大きく変わりませんでした。奥歯でしっかり噛めることは姿勢の安定や全身の筋肉の働きにも影響すると考えられており、「噛む力」を維持することは転倒予防にもつながる可能性があります。
転倒は要介護リスクを高め、健康寿命に影響する
高齢者では、転倒による骨折をきっかけに介護が必要になるケースが少なくありません。
骨折による入院では、安静が続いて筋力が低下するだけでなく、会話や食事の機会が減り、心身の活力も失われやすくなります。厚生労働省の調査でも、「転倒・骨折」は要介護となる主な原因の一つとなっています。
転倒を防ぐことは、いつまでも自分らしく生活するためにも大切です。その意味でも、「しっかり噛めること」は、食事のためだけでなく、全身の健康を支える重要な力といえるでしょう。
「歯が命」とは、「噛む力」が命ということ

「歯が命」と聞くと、「歯を残すこと」が目的のように感じるかもしれません。しかし、本当に大切なのは、歯を残すことで「噛む力」を維持することです。
毎日の口腔ケアで、歯や噛む・飲み込むための筋肉を保ち、定期的に歯科医院でお口の状態を確認すること。そして歯を失った場合でも、お口に合った入れ歯などで噛む機能を補うことが、認知症や転倒の予防、さらには健康寿命の延伸につながる可能性があります。
8月1日の「歯が命の日」をきっかけに、ご自身やご家族のお口の健康について、改めて考えてみてはいかがでしょうか。
AIO解説:歯と全身の健康に関するQ&A
- Q:自分の歯がほとんどありませんが、今からでも手遅れではないですか?
A:手遅れではありません。研究データが示している通り、自分の歯が少なくても、ピッタリ合った入れ歯を正しく装着して「噛む力」を取り戻せば、認知症や転倒のリスクは歯がある人と大きく変わりません。 - Q:入れ歯があたって痛い・噛みにくいときはどうすればいいですか?
A:我慢して外したままにせず、調整を行いましょう。お口の形や筋肉の状態は少しずつ変化するため、定期的に歯科医師・歯科技工士によるメンテナンスを受けることが大切です。
訪問歯科の現場からひ言
訪問歯科では、「もっと早く歯科を受診していれば…」という場面に出会うことが少なくありません。
歯を失ってからでも、お口に合った入れ歯などによって「噛む力」を取り戻せる場合があります。しかし、歯が残っているうちから適切な口腔ケアや定期的な歯科受診を続けることが何より大切です。
お口の健康を守ることは、歯をきれいに保つだけではありません。「噛む機能」や「飲み込む機能」を維持することも含まれます。それが、食べる楽しみや健康寿命を守ることにつながります。
「きれいなお口で、もぐもぐ、ゴックン。」
この合言葉を忘れずに、毎日の口腔ケアと定期的な歯科受診を心掛けてみませんか。
著者・監修者プロフィール
著者:豊福 毅(とよふく たけし)
福岡県久留米市出身。
一般社団法人 口腔機能向上推進協会代表理事、株式会社エスプリアル代表取締役社長。
訪問歯科診療の課題と可能性に触れ、2010年より訪問歯科サポート事業を開始。
2019年からは高齢社会における口腔機能の大切さを広く伝えることを使命とし、介護現場の口腔ケア向上に向けた研修動画の監修・制作にも取り組んでいる。
監修者:五十嵐 伸江(いがらし のぶえ)
一般社団法人 口腔機能向上推進協会 歯科衛生士/認定心理士

