介護福祉士の土橋壮之(つちはしまさゆき)と申します。
みなさんからは「ツッチー」とか「ツッチーさん」と呼ばれています。気軽にそう呼んでいただけたら嬉しいです!
今回は、タイ北部のチェンライにある介護施設「ひだまりHOME」で、入居者さんたちと一緒に手打ちうどんを作った時のお話です。

タイには意外とうどんがない?小麦粉からの本格手づくり
タイには、米粉から作る「クイッティアオ」をはじめ、おいしい麺料理がたくさんあります。
屋台や食堂に行けば、細麺、太麺、スープ麺に炒め麺など、さまざまな種類の麺を味わうことができます。
ところが、日本の「うどん」のような小麦粉の太麺は、地元では意外と見かけません。
バンコクなどの大都市にある日本料理店に行けば食べられますが、チェンライのおばあちゃんたちに聞いてみると、うどんを食べたことがない人がほとんどでした。
それなら、みんなで一緒に作ってみよう!
せっかくの機会なので、市販の麺を買ってくるのではなく、小麦粉から手打ちすることにしました。
小麦粉と水を混ぜて、生地をこねる。
生地をしばらく寝かせて、麺棒で薄くのばす。
最後に包丁で細長く切っていく。
言葉にすると簡単ですが、やってみるとこれが意外と難しいんですよね。
「日本人の日本料理ですよ!」熟練おばあちゃんに主導権を奪われる
最初は、日本人である僕が作り方を教えるつもりでした。
ところが、いざ生地をこね始めると、おばあちゃんたちが次々に手を出してきます。
みなさん、長年ご家族のために毎日料理を作ってきた大先輩たちです。
僕の拙い手つきを見ながら、
「違う、違う!」
「もっとこうやってこねるんだよ」
と言わんばかりに、どんどん作業を代わられてしまいました。
たぶん……僕がうどん作り初心者なのが、一瞬でバレたんでしょうね(笑)。
「ちょっと待ってください、日本人の日本料理ですよ!」と抗議しても、なかなか僕に作らせてくれません(笑)。
中には、久しぶりに包丁を握ったという方もいました。
普段はスタッフに食事を作ってもらい、食卓に出されたものを食べる生活です。それでも、いざ包丁と食材を前にすると、手が自然と動くのです。
生地を押さえる手、包丁を入れる角度、作業の手際。
みなさん、本当に見事な手さばきでした。僕は日本人ですが、料理人ではありません。長年、家族の食卓を支え続けてきたおばあちゃんたちには、やっぱりかないませんでした。
介護施設では、どうしても入居者さんが「サービスを受ける人(手伝ってもらう側)」になりがちです。
- 食事を作ってもらう
- 掃除をしてもらう
- 着替えを手伝ってもらう
安全や効率を考えれば、スタッフが代わりにやった方が早い場面も多いでしょう。
しかし、実際に一緒に料理をしてみると、普段はケアを受けているおばあちゃんたちが、この時ばかりは僕に料理を教えてくれる「先生」になります。
「助ける側」と「助けられる側」の関係性が、一瞬でひっくり返ってしまう。これこそが、みんなで料理をする最大の面白さなのかもしれません。






「食べ物を足で踏むなんて!」本場の製法が大ブーイング!?
そして今回、一番盛り上がったのが「うどん生地を足で踏む」作業でした。
日本では、袋に入れた生地を足で踏み、何度も折り返すことでコシを出す製法があります。ここぞとばかりに「本場の日本人感」を出したくて……
「日本では、こうやって足で踏んでコシを出すんですよ」
と説明し、袋に入れた生地を床に置いて踏み始めた途端——。
おばあちゃんたちから一斉に悲鳴が上がりました。
「食べ物を足で踏むなんて、絶対ダメ!!」

完全に大ブーイングです(笑)。
もちろん、生地は厚手の袋に入っていますし、直接足で触れるわけではありません。
「違うんです!日本では本当にこうやって美味しくするんです!」と必死に説明したのですが、まったく信じてもらえません。
なんとかお一人だけ挑戦してくれましたが、ほかのおばあちゃんたちは、その様子を何ともいえない表情で見つめています。完全にドン引きです(笑)。
その痛烈な視線に耐えきれなくなり、今回の足踏み作業は途中で中止することにしました。
日本では当たり前だと思っている文化も、別の国や価値観ではとても奇妙に見える。
確かに、何も知らずに「この料理、足で踏んで作りました」と言われたら、自分だって少し抵抗があるかもしれません。海外で暮らしていると、こうした日常のふとした場面で文化の違いを学びます。
うどんを知らないタイ人スタッフが作った、本物の味
生地を一晩寝かせ、翌日、みんなで薄くのばして細く切りました。
あとはゆでて味付けをするだけです。

調理を担当してくれたのは、ひだまりHOMEのタイ人スタッフでした。
彼女もうどんを食べたことがありません。自分でレシピを検索しながら、スープや具材を準備してくれました。
正直に言うと、僕は少し心配していたんです。
日本のうどんを食べたことがない人が、ネットのレシピだけを見て作るわけです。
うどんに似た別の料理や、「なんちゃってうどん」になってしまうのではないかと……。
ところが、出来上がったスープと麺を一口食べてみて驚きました。
「ちゃんと、日本のうどんだ……!」
思わず声が出ました。スープのだしもしっかり効いていて、見事に日本のうどんの味になっていたのです。
「うまい、うまい!」と感動しながら何度も口に運んでしまいました。
うどんを知らないのに、熱心に調べて工夫し、本物の味を再現してくれた調理スタッフの技術と優しさには本当に頭が下がります。
トッピングに刻みキャベツがどっさり乗っていたところは、少しタイらしくて可愛かったですけどね(笑)。



「チリソースをかけたら美味しいよ!」タイ流のアレンジ
おばあちゃんたちも、人生で初めて食べるうどんを本当に美味しそうに食べてくれました。
ただし、最後の食べ方にも日本とタイの違いがありました。
僕がそのまま出汁の味で食べていると、あるおばあちゃんがこう言ったのです。
「チリソースをかけたら、もっと美味しいよ!」

日本人の感覚からすると、うどんに甘辛いチリソースをかけるという発想はありません。
ですが、タイではテーブルにある調味料で、自分好みに辛味や酸味、甘味を足しながら食べるのが普通の文化です。おばあちゃんたちは、うどんにチリソースをたっぷり回しかけ、大満足の笑顔で食べていました。
日本の料理だからといって、無理に日本の食べ方に合わせてもらう必要なんてありません。
タイのおばあちゃんが「一番美味しい」と思える方法で食べればいい。それも、このチェンライのうどん会らしくて最高だなと思いました。
「食べたい!」という情熱が、人の持つ力を引き出す
最初は「初めて食べる料理だし、残してしまう人もいるかな」と思っていました。
ですが蓋を開けてみれば、みなさん見事に完食!「もっとたくさん作ればよかった」と思ったほどです。
特に嬉しかったのは、普段は飲み込みや噛む力に配慮して、細かく刻んだ食事(刻み食)を食べている入居者さんも、このうどんをぺろりと完食してくれたことです。



あまりに勢いよく食べるので、「のどに詰まらせないかな……」と僕の方がハラハラして見ていました。
しかし、ご本人は気にする様子もなく夢中で召し上がっています。『食べたい!』という強い気持ちが、その人の持っている力を引き出したのだと感じました。
もちろん、安全への配慮や、その人に合った食事形態を考えることは介護において不可欠です。
ですが、人は単に「栄養を補給するため」だけに食べるわけではありません。
- 自分たちの手で作ったから食べたい
- 初めて見る料理だから食べてみたい
- 周りのみんなが楽しそうに食べているから自分も食べたい
こうした心が動く感情こそが、人間が本来持っている力を引き出すのだと実感しました。
介護する側が先回りして「できない」「危ないからダメ」と制限を決めてしまうのではなく、「やってみたい!」と思える環境をどう作るか。今回のうどん会を通じて、大切なことを改めて教えてもらいました。
サービスを提供する・受けるを超えて。「暮らし」を作る時間
料理は、手を動かします。
次の工程を考え、道具を使い、周りの人と声を掛け合います。昔、家族のために腕を振るった記憶が鮮やかによみがえることもあるでしょう。
だからこそ、料理はリハビリや脳トレとしても非常に効果的です。
ですが僕は、「リハビリになるから料理をする」という機能的な説明だけでは、何か大切なものがこぼれ落ちてしまう気がするのです。
一番良かったのは、みんなで一つのテーブルを囲み、
「ああでもない」
「こうでもない」
とおしゃべりしながら、一緒に作り上げたあの時間そのものです。
僕がうどんの概念を伝え、おばあちゃんたちが手際を教えてくれる。
タイ人スタッフがレシピを調べて味を調え、出来上がったうどんに、おばあちゃんがチリソースをかける。
そこには「サービスを提供する側」も「受ける側」もありません。
それぞれができることを持ち寄って、ひとつの料理と、温かい時間を一緒に作り上げたのです。
失敗もありました。足踏みは大不評でしたし(笑)、麺の太さもバラバラで、日本のきれいなうどんとは少し違いました。
でも、そのバラバラな太さの麺こそが、みんなで作った証。もちもちとした最高の食感で、心から美味しいと思える味でした。
介護施設であっても、そこは誰かが日々を過ごす「暮らしの場」です。
みんなで料理を作って、失敗して笑って、「美味しいね」と言い合って食べる。
そんな何気ない日常の積み重ねこそが、本当の意味での“暮らし”なのだと思います。
さて、次はみんなで何を作りましょうか?
またチェンライのみんなと、新しい料理に挑戦するのが今から楽しみです!


