ドネペジル(アリセプト)創薬物語

杉本八郎
杉本八郎同志社大学生命医科学研究科
目次

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薬の紹介

ドネペジル(アリセプト)は1982年に開発に着手し、1997年にアメリカのFDA(食品医薬品局)に承認された。
適応疾患はアルツハイマー型認知症(AD)とレビー小体型認知症である。

作用機序は、酵素アセチルコリンエステラーゼ(AChE)を阻害して脳内にアセチルコリンを増加させることにより認知機能を改善する。
新規骨格では世界初のAChE阻害薬である。
ピーク時の売上高は約3000億円に達した。

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はじめに

2012年の厚生労働省の調べによると、我が国の認知症患者は462万人といわれている。
その予備軍ともいえる軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment:MCI)の患者は400万人に上る。
認知症の中で最も多いのがADである。

いま世界にあるAD治療薬は、ドネペジル(アリセプト)、ガランタミン(レミニール)、リバスチグミン(イクセロン)、そしてメマンチン(メマリー)の4品のみである。
このなかで最も早く世に出たものがドネペジルである。

ドネペジルの発見には、筆者にとって忘れられないエピソードがある。
私がひとりで住んでいる母を訪問したときに、母は私に向かって「あんたさん誰ですか?」と言ったのである。
この時の衝撃は忘れられない。
まさか母親が息子の顔を忘れるとは予想もできなかった。

当時は認知症の薬はまだ世になかった。
そこで「せっかく製薬企業の研究所にいるなら、母のために認知症の治療薬を作ろう」と決意した。
当時は「ネズミの脳の構造とヒトの脳の構造はまったく違う」ということから、認知症の薬はできないだろうと考えられていた。
しかし私は社訓である「一見不可能事に挑戦せよ」という言葉に痺れていた。
そこで「よし!俺はやるぞ」と覚悟を決めたのである。

私たちが研究に着手したときは、世界の趨勢としてアルツハイマー病の治療薬を開発しようという機運はなかった。
有効な治療薬を開発することは無理だろうと考えられていた。
誰も手を付けようとしない領域、そこに私たちが踏み込んでいたことこそが、成功の要因のひとつでもあると考えている。

この困難な事業に成功した理由はなんであろうか。
私の答えは「根拠のない自信」である。
根拠のある自信は他人の優れた理論に敗れることが多い。
しかし、根拠のない自信は理屈ではないpassion(情熱)である。
「おれはやるぞ!」という情熱は誰にも止められない。

エーザイ筑波研究所:ドネペジル誕生の地

ドネペジルの研究は昭和58年(1983年)から始まった。
当時の筑波研究所は新築2年目で何もかも新しかった。
この素晴らしい、大きな筑波研究所から生まれる新薬は自分たちの力で生み出そうという気迫に満ち溢れていた。
その私たちの「やる気」にさらに拍車をかけたのは、内藤晴夫研究一部長(現社長)であった。

研究一部は6つの室から構成されていた。

  • 1室:抗生物質の研究
  • 2室(私たち):脳神経に関係する研究
  • 3室:消化器に関わる研究
  • 4室:循環器に関する研究
  • 5室:炎症・アレルギーに関する研究
  • 6室:血液に関する研究

この6室の研究者たちは内藤部長の陣頭指揮のもとに、「筑波生まれの新薬は自分たちの手で生み出す」という意欲に燃えていた。

その時代には、いくつかの伝説的な話が生まれた。
研究所内に食堂があり、昼食と残業食はそこで食べられるようになっていた。
17時を過ぎるとほとんどの研究員が残業食を食べに食堂へ行くのだが、その光景は一種異様な感じすらした。
誰ひとりとして17時に帰社する者がいないのである。
そこから「17時に帰ると早退」という伝説が生まれた。

また、ほとんどの研究員は午後9時前に帰ることはなかった。
私も仲間に「午後9時前に帰ってはダメだ」「土曜も出勤して研究して欲しい」と言っていた。
もちろん今はそんなことはないが、20年前のエーザイ研究所はそんな雰囲気であった。
いまから考えると、よくそこまで研究に頑張ったものだと驚くばかりである。

時々、プロジェクトのスケジュール関係で徹夜実験をすることがあった。
特に若い研究員はよく徹夜をしていた。
エーザイの隣には藤沢薬品工業(現アステラス製薬)の研究所があり、そちらからエーザイの研究所を見るといつも夜遅くまで、さらに翌日まで電気が皓々とついている。
それを見て「エーザイ不夜城」という伝説が生まれた。

野武士のような研究者集団と化した筑波研究所の様子を、本社から来られた人たちが「筑波研究所の研究員たちは燃えている」「筑波は燃えている」と言い出した。
それが本社サイドで変化し、「筑波は燃えている」→「筑波研究所が火事だ!!」という伝説的な揶揄まで生まれた。

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ドネペジルの発見

コリン仮説

1970年代にDavies, P. 1)らやPerry, E. K. 2)は、アルツハイマー病(以下AD)の患者はアセチルコリン作動性神経の障害と記憶が深く関わることを論文で報告した。
ここから「コリン仮説」が生まれた。

コリン仮説に基づいて成功したAD治療薬には、タクリン(ワーナーランバート社)、ドネペジル、リバスチグミン(ノバルティス社)、そしてガランタミン(ヤンセン社)がある。
メカニズムは、神経伝達物質であるアセチルコリン(ACh)を分解する酵素「アセチルコリンエステラーゼ(AChE)」の働きを止めることによって、AD患者の脳内AChを増加させ記憶を改善するものである。
ドネペジルはこのコリン仮説に基づく創薬である。

図1 コリン仮説(シナプスにおけるアセチルコリンとAChEの働き)

図1:コリン仮説

偶然の発見から出発

研究に着手したときはタクリンをシード(種化合物)としたが、数十化合物を合成しても目ぼしい成果は出なかった。

一方で、私のグループでは高脂血症の薬の研究も並行して行っていたのだが、その中のひとつの化合物(1)がAChを増加させることを偶然発見した。
この偶然の発見がドネペジル創出の端緒となり、その後、約700化合物を合成し、その中から当時世界最強と思われる化合物(3)を得ることができた。

しかし、この化合物は臨床試験の直前に、イヌの肝臓ですみやかに分解されてしまうことが判明し、さらなる開発は断念せざるを得なかった。
その後、肝臓で分解されにくい化合物を得るまでは悪戦苦闘の連続だった。

紆余曲折の後にようやくドネペジルに至り、目的を実現することができた。
ドネペジル(開発略号:E2020、商品名:アリセプト)は非常に安定な化合物で、1日1回の投与を可能にした。3), 4)

表1 ラットおよびシビレエイ酵素におけるIC50の比較
図2 シード化合物1から最強化合物3への展開
図3 アミド化合物からのドネペジルの展開

図2:ドネペジルへの展開

ドネペジルの薬理作用

ドネペジルは、代表的なインビボ実験(in vivo;動物モデルを使った実験)の一つである学習障害モデルで評価を行った。
前脳基底部(NBM)をイボテン酸(神経毒)により破壊すると、ラットの脳内のACh含量は低下してしまい、学習障害を示す。

正常ラットを明室に置くと、その習性により暗室に入る。
ラットが暗室に入った時、床に電気を流してショックを与える。
正常ラットは暗室に入ると危険であることを学習するが、NBMを破壊されたラットは学習障害を起こしているので、再び明室に置くと容易に暗室に入ってしまう。
この暗室に入るまでの時間が薬物によって延長されるかどうかで薬効を判定した。
ドネペジルは経口投与で有意の改善効果を示した。

図4 ドネペジルの臨床試験の結果(ADAS-cog)

図3 ドネペジルの抗認知症作用

ドネペジルの臨床治験

ドネペジルは日本では1989年に、米国では1991年より臨床第1相試験が開始された。
ドネペジルの米国における臨床試験はきわめて順調に進行した。

最終的に薬効が判定される第3相試験は、軽度および中等度のAD患者を対象に「プラセボ(偽薬)群」「ドネペジル投与群(5mgおよび10mg、1日1回)」の3群比較で、1群約150例の二重盲検比較試験を実施した。

薬効の評価には、記憶障害改善の指標としてADAS-cog(Alzheimer’s Disease Assessment Scale Cognitive Subscale;ADの認知機能を評価する方法)と、患者の日常生活動作の指標としてCIBIC-plus(Clinician’s Interview-based Impression of Change Plus Caregiver Assessment;医師と介護者による日常動作の評価)が用いられた。
いずれにおいても統計学的にきわめて有意な改善効果が得られた。

以上の結果をもって、1996年11月に米国FDAによりAD治療薬として承認を得ることができた。
申請から承認までわずか8ヶ月というきわめて短い期間で承認を得たことは異例のスピードであった。5)

図4 ドネペジルの臨床試験の結果(CIBIC-plus)

図4 ドネペジルの臨床試験の結果

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おわりに

ドネペジルの開発に成功してから23年の歳月が過ぎた。
しかし、まだドネペジルに続くAD治療薬の開発は思うように成功していない。
私は講演の後によく「ADの根本治療薬はいつ世の中に出るのですか」と質問される。
この質問を受けるたびに、私は忸怩たる思いを抱いている。

世界の研究者たちは、ある仮説に基づいたAD根本治療薬の開発を開始した。
それは、脳内のアミロイドβタンパクとタウタンパクの凝集が神経毒性を起こし、神経細胞が脱落する、6)、7)その結果としてADが引き起こされるというものである。
アミロイドカスケードの仮説から、アミロイドβの抗体治療薬が多く研究された。8)
また、低分子によるアミロイドβの産生を抑制するガンマセクレターゼ阻害薬9)や、ベータセクレターゼ阻害薬の開発10)も試みられたが、いずれも良い結果は得られていない。

私はアミロイドβだけではなく、タウタンパクの凝集を抑えることが治療薬として必須と考え、両方のタンパクの凝集を抑えるものを開発している。
その開発番号は「GT863」である。
2年後には臨床試験に入る予定である。
夢は再度、日本から低分子化合物によるAD根本治療薬の開発をすることである。

最後に、創薬を志す若い医学・生物学・生命医科学・薬学研究者へメッセージを送りたい。

私は若いころ、詩人か小説家になる夢をもっていた。
しかし家が貧しくて大学に行くお金がなかった。
そこですぐ職につけることを考えて工業高校に入学した。
運よくエーザイに入社できたが、高卒で薬の研究はとてもできない。
そこで中央大学の夜間部(工業化学科)に入学した。
この経歴でドネペジルの開発に成功したのはなぜだろうか。
ぜひみなさん、考えてみてほしい。

そして今、私は83歳になりますが、まだ現役である。
同志社大学生命医科学研究科では年間15回の講義をしている。
また、名古屋葵大学でも年間15回の講義をしている。
私のベンチャー会社は京大薬学部に研究室を借りて研究を続けている。
さらにADの根本治療薬の開発を目指して、中国へも研究開発を展開していく。

一錠の新薬が何百万人の命を救う力を秘めている。
ぜひ若い研究者のみなさん、日本初の新薬で世界の患者を救うという夢の実現に向けて、一緒に頑張ろうではないか。

「杉本八郎博士の活力源」紹介ページ https://sugimoto-soyaku.co.jp/katsuryokugen/

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文献

  • Davies P. , et al. Neurotransmitter-related enzymes and indices of hypoxia in senile dementia and other abiotrophies. Brain 99: 459-496, 1976.
  • Perry E. K., et al. Neurotransmitter enzyme abnormalities in senile dementia. Choline acetyltransferase and glutamic. J Neurol Sci. 34, 247-65, 1977.
  • Sugimoto H., et al. Structure-Activity Relationships of Acetylcholinesterase Inhibitors: 1-Benzyl-4-[(5,6-Dimethoxy-1-Indanone-2-yl)methyl]piperidine Hydrochloride and Related Compounds. J. Med. Chem., 38, 4821-4829 (1995).
  • Sugimoto H. Donepezil hydrochloride: A treatment drug for Alzheimer’s disease. Chemical Record, 1: 63–73. 2001.
  • Rogers S.L., et al. A 24-week, double blind, placebo-controlled trial of donepezil in patients with Alzheimer’s disease. Neurology 1998;50:136-145.
  • Lee SJ, Nam E, Lee HJ, Savelieff MG, et al: Towards an understanding of amyloid-ß oligomers: characterization, toxicity mechanisms, and inhibitor. Chem Soc Rev. 46(2):310-323 (2017)
  • Imbimbo BP, Why did tarenflurbil fail in Alzheimer’s disease? J Alzheimers Dis. 17(4):757-60 (2009)
  • Nicoll JA, Wilkinson D, Holmes C, Steart P, et al.: Neuropathology of human Alzheimer disease after immunization with amyloid-beta peptide: a case report. Nat Med. 9(4):448-52 (2003)
  • Doody RS, Raman R, Farlow M, Iwatsubo T, et al.: A phase 3 trial of semagacestat for treatment of Alzheimer’s disease. N Engl J Med. 369(4):341-350 (2013)
  • Panza F, Lozupone M, Solfrizzi V, Sardone R, et al.: BACE inhibitors in clinical development for the treatment of Alzheimer’s disease. Expert Rev Neurother. 18(11):847-857 (2018)
杉本八郎 同志社大学教授

杉本八郎 同志社大学教授、京都大学客員教授。
杉本創薬研究所株式会社 顧問。
エーザイ科学賞受賞、英国ガリアン賞特別賞受賞、日本薬学会技術賞受賞、化学・バイオつくば賞受賞、恩賜発明賞受賞。
公式サイト https://sugimoto-soyaku.co.jp/

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杉本八郎
杉本八郎
同志社大学生命医科学研究科

同志社大学教授
京都大学客員教授
杉本創薬研究所株式会社 顧問

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