チャンネル登録者数13万人を超えるYouTubeチャンネル「認知症ポジティブおばあちゃん」。かつて認知症介護に悩み、疲れ切っていた家族が、いかにして「動画」を通じて笑顔を取り戻し、毎日の「親孝行」を見つけたのか。8月8日の「親孝行の日」に寄せて、動画がもたらす新しい介護の形について語ります。
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認知症になったから、親孝行が毎日になった ――動画が変えた、わが家の介護
8月8日は「親孝行の日」。
八を二つ並べると、「ハハ」にも「ババ」にも読めます。少し乱暴に言えば、ババの日(ババアの日)。あまり上品な響きではありませんが、わが家には、そんな言葉さえ笑顔に変えてしまう93歳のおばあちゃんがいます。
おばあちゃんに認知症の兆しが見え始めたのは11年前、83歳の頃でした。車をぶつけることが増え、仕事上の注文間違いや電話の混乱が続き、85歳だった2017年に専門医から「認知症」と診断されました。
それから、できなくなったことも、忘れてしまったことも増えました。同じことを何度も尋ね、家族の名前を取り違え、夜中に家族を探すこともあります。それでも、おばあちゃんが笑うと、家族もつられて笑います。
そして不思議なことに、おばあちゃんが認知症になったことで、私たち家族の「親孝行」の形も変わりました。もし認知症になっていなかったら、親孝行は、誕生日や敬老の日、8月8日のような特別な日だけに思い出すものだったかもしれません。けれど、今は違います。
今回は、認知症介護に疲れ切っていた私たちが、なぜ動画を撮り始めたのか。そして、その一本の動画が、おばあちゃんと介護する家族をどう変えたのかをお話しします。

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「普通の生活に戻りたい」と追い詰められていた頃
今でこそ、おばあちゃんとの明るいやり取りをYouTubeで発信していますが、最初から笑顔で介護できていたわけではありません。認知症の症状が強くなった頃、わが家から笑顔が消えました。
- 同じ質問の数十回の繰り返し
- 夜中の突然の起床
- 排泄の後始末
- 家の中の物を探す大騒ぎ
- 説明直後の物忘れ
家族は仕事や学業を抱えながら、そのたびに対応しなければなりませんでした。
「さっきも言ったでしょう」
「どうして分かってくれないの」
「もう静かにして」
疲れ果てて強い言葉をぶつけると、おばあちゃんも不安や怒りを強めます。怒った後には自己嫌悪が残るばかり。誰も悪くないのに、家族全員が追い詰められていました。夫は介護離職を考え、施設への入居も頭をよぎりました。
「この苦しい生活を終わりにしたい」
「昔の普通の生活に戻りたい」
正直に言えば、そんなことばかり考えていた時期もあります。
当時の私たちは、おばあちゃんの中に「残っているもの」より、「失われていくもの」ばかりを見ていました。「昔のおばあちゃんに戻ってほしい」と願い、戻らない現実にいら立っていたのです。
二つの動画が、泣いていた人を「笑顔」に変えた
動画を撮り始めたきっかけは、二つあります。
海外のお葬式を映した動画
一つは、海外のお葬式を映した動画でした。
土葬のお葬式で、大勢の親族が棺を囲み、悲しみに暮れています。ところが突然、土の中から亡くなったおじいちゃんの声が聞こえてきました。生前に録音していた冗談を、孫が流したのです。
驚いた参列者たちは、やがて笑い始めました。すすり泣きに包まれていたお葬式が、故人らしい笑顔の時間に変わっていきました。
その動画を見て、私たちは思いました。
「いつか、うちのおばあちゃんを送る日が来たら、みんなで動画を見ながら笑顔で送りたいね」
コロナ禍でのビデオレター
もう一つのきっかけは、コロナ禍でした。
親戚がおばあちゃんに会いに来られなくなり、「認知症ではあるけれど、元気に暮らしている姿を見せたい」と考えたのです。
最初に撮ったのは、お花見へ向かう車の中で、森山直太朗さんの『さくら』を歌うおばあちゃんでした。その映像を親戚に送ると、電話口で涙を流しながら喜んでくれました。
土の中から聞こえた声が、すすり泣きを笑い声に変えた。
会えない親戚に届けた歌が、電話口の涙を笑顔に変えた。
片方は別れの場面、もう片方は生きている今の場面です。しかし、どちらも「動画が人と人を笑顔で結んだ」という同じ話でした。
いつかの別れに備えて撮り始めた動画は、いつの間にか、「今日を一緒に生きるための動画」になっていたのです。
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レンズの向こうに、知らなかったおばあちゃんがいた
撮影を始めたのは6年前です。最初は親戚に見せる、少し上質なビデオレターのようなものでした。ところが、撮り始めてすぐに気づきました。おばあちゃんは、撮られることが大好きだったのです。
カメラを向けると、歌い、踊り、若い頃の話を身振り手振りで話します。自分の動画を見ると、「女優みたいだね」とうれしそうに画面を見つめます。
認知症になり、できないことが増えた人だと思っていたおばあちゃんが、レンズの向こうでは、生き生きとした一人の女性として現れました。
けれど、昔に戻ったわけではありません。
歌が好きで、人前に出ることが好きで、誰かを楽しませることが好きなおばあちゃんは、ずっとそこにいたのです。私たちが「認知症」という言葉だけを見て、その人らしさを見失っていただけでした。
撮影を続けるうちに、家族の会話が変わりました。それまでは「問題を起こさないように静かに過ごしてもらうこと」ばかり考えていましたが、動画を撮るようになってからは、「おばあちゃんが笑顔になる場面」を家族で探すようになったのです。
- 撮影のためのお出かけ
- おしゃれ
- 一緒の食事
- 歌唱
- 笑顔の共有
動画を作る過程そのものが、おばあちゃんの生活を豊かにし、私たちの親孝行になっていました。
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動画は、介護する私たちを映す鏡だった
変わったのは、おばあちゃんだけではありません。
動画には、介護する私たちの姿や声も残ります。編集のために見返すと、普通に話しているつもりでも、口調がきつかったり、おばあちゃんを急かしていたりすることが分かります。
「この言い方はひどかったね」
「別の声のかけ方ができたかもしれない」
「おばあちゃんは、こう言いたかったのではないか」
動画は、おばあちゃんを記録する道具であると同時に、介護する私たち自身を客観的に映す鏡でした。
強い言い方を減らし、正しい答えを求めるより、まず「おばあちゃんが感じている世界」を受け止める。何度も同じことを聞かれても、今のおばあちゃんにとっては初めての質問なのだと思い直す。
いつも穏やかにできるわけではありません。それでも、介護する側の表情が変わると、おばあちゃんの表情も変わりました。
家族の会話に笑いが戻り、負のループが、少しずつ笑顔のループに変わっていったのです。
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家族の動画をYouTubeで公開、広がる共感
親戚だけに見せていた動画を一般公開したのは、今から5年半前です。
認知症の本人の顔を出すことへの批判や、介護を見世物にしていると思われることが怖く、炎上したらすぐにやめようと考えていました。
ところが届いたのは、介護中の方、介護を終えた方、介護職の方からの共感や励ましの声でした。
「動画を見て大笑いしました」
「母に少し穏やかに接することができました」
「一人ではないと思えました」
家族のための小さなビデオレターが、知らない誰かの介護の時間にも笑顔を届け始めました。
現在、YouTubeチャンネル「認知症ポジティブおばあちゃん」の登録者は13万人、公開動画は約360本、累計再生回数は1億回を超えました。
私たちが最も大切にしているのは、その数字の向こうにいる一人ひとりです。介護で疲れている人が、一本の動画を見て、ほんの数分でも笑えること。それが、私たちが動画を続ける理由になりました。
「レジェンド先生」が認めた、動画の力
さらに、思いがけない出来事が起きました。
認知症医療・介護の世界で長く活躍されている、私たちにとっての「レジェンド先生」である笠間先生が、YouTubeにコメントを寄せてくださったのです。
先生は、「動画が認知症介護に新たな改革を起こす可能性がある」とまで評価してくださいました。家族の思いつきから始めたことを、認知症介護の第一人者に認めてもらえた驚きと喜びは、今も忘れられません。
そこで私たちは、「コメントをいただいたのだから、会いに行ってしまおう」と考えました。おばあちゃんと伊勢神宮へお参りする途中で、三重県で診療されている笠間先生を訪ねたのです。
面談では、動画が持つさまざまな可能性について話し合いました。
- 本人の表情や残っている力の伝達
- 家族による自身の介護の客観的な振り返り
- 専門家にとっての普段の生活を知る手がかり
お話を終えると、先生のほうから「一緒に歌いましょう」と声をかけてくださいました。おばあちゃんと笠間先生が並んで歌い始めたのは、『瀬戸の花嫁』でした。
病院の入り口で歌う二人を、来院された方々が不思議そうに振り返っていきます。そして、その様子を別の先生がスマートフォンで撮っていました。
動画の効果を話し合った直後に、今度は先生方がおばあちゃんを撮っている。まるで、その場で結論を実演しているようでした。
動画を撮ることの効果は、認知症介護のレジェンドからもお墨付きをいただいたのです。
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動画で笑顔をつくる「DSX」
私たちは、この体験を「DSX(デジタル・スマイル・トランスフォーメーション)」と呼んでいます。デジタルの力で、本人と介護者の暮らしを笑顔に変えていくという考え方です。
動画は、認知症を治す薬ではありません。撮影をすれば、介護の大変さがすべて消えるわけでもありません。それでも、動画にはできることがあります。
- 本人の意外な魅力の発見
- 介護者自身の接し方の振り返り
- 会えない親戚への元気な姿の共有
- 本人と一緒に行う笑顔での鑑賞
- 表情や症状の変化の記録(専門家への情報提供)
- その人の声や姿の未来への保存
YouTubeで公開する必要はありません。特別なカメラも、難しい編集技術もいりません。
今日、スマートフォンを向けて、好きな歌を一曲歌ってもらう。昔の仕事について聞いてみる。食事や散歩の様子を短く撮ってみる。
それだけで、いつもとは違う表情が見えるかもしれません。「介護される人」ではなく、その人自身の姿が見えてくるかもしれません。
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親孝行は、特別な日から毎日へ
もちろん、認知症になってよかったとは言えません。
忘れてしまったこと、できなくなったこと、家族が傷ついたこともあります。これから先への不安も消えません。
それでも、認知症になったことで、私たちはおばあちゃんと正面から向き合うようになりました。
今日、何を食べようか。
どこへ出かけようか。
どんな服を着てもらおうか。
今日は、どんな笑顔を動画に残そうか。
もしおばあちゃんが認知症になっていなかったら、親孝行は、8月8日や誕生日、敬老の日だけに考えるものだったかもしれません。
けれど今は、何気ない一日を一緒に過ごすことが、私たちの親孝行です。
撮影のために出かけた日も、同じ話を笑いながら聞いた時間も、完成した動画を一緒に見た夜も、すべてが親孝行になっています。
別れのために撮り始めたはずのあの動画は、こうして、今日を一緒に生きるための動画になりました。
8月8日。
ババの日(ババアの日)という少し乱暴な言葉さえ、家族の愛情と笑いで温かい言葉に変わります。
今日も元気でいてくれてありがとう。
今日も一緒に笑えてよかった。
親孝行の日だから何か特別なことをするのではなく、今日の姿を動画に残してみる。それが数年後、家族を笑顔で結ぶ、かけがえのない贈り物になるかもしれません。
まずは今日、スマートフォンの録画ボタンを押してみませんか。
私たちの親孝行も、そこから始まりました。
▼ おばあちゃんと家族の笑顔あふれる日常はこちら!
YouTubeチャンネル『認知症ポジティブおばあちゃん』では、記事に登場した動画もご覧いただけます。ぜひ覗いてみてください。



